現実と……(大人ひびみく)

成人式が終わり、宿泊用に予約していたホテルのベランダで響は夜景を眺めていた。
街の明かりは星が地上に落ちたように輝いている。
高いビルの赤い点滅灯が民間障害標識だと、この街に住んでいた頃は知らなかった。
リディアン音楽院を卒業して二年。
アルコールが飲める歳にもなって、車の免許も取って、仕事も覚えて。
こうして成人式を済ますと、大人の仲間入りしたんだと実感する。
もっとも、周囲の大人が人間離れしているおかげで、子供だと思う事の方が多いけれど。 それでも世間からは「大人」として扱われる歳になった。
犯罪を犯せば、実名が公表される。
税金の支払いもある。
世間の常識や社会的な立場も求められる。
自分の足で歩く一歩一歩に責任がつきまとう。
そんな歳になってしまった。
ベランダの手摺りに手をかけて、夜空を響は見上げる。
街の明かりが眩しい都心部では星の輝きは希薄だった。
目を凝らしても一つ、二つ見つけられる程度だ。
流れ星なんて、もっと解らない。
嘆息気味に息を吐いて、響は視線を下ろした。
「響」
呼ばれて、響は振り返る。
ベランダの扉のところに未来が立っていた。
サッシにもたれ掛かるようにして響を見つめている。
「夜風に当たりすぎると風邪ひくよ」
「あ……だ、だいじょーぶだいじょーぶ。わたし、バカだから風邪ひかないから」
「そんなこと言って、先月風邪ひいて熱だしたばかりでしょ」
「あ、あれは……」
「響がおバカなのは否定しないけど」
「酷っ!」
自分でバカだと思っていても肯定されると辛い。
「これでも色々と考えてるのにっ!」
「色々って?」
「そ、それは……」
つっこまれて響は言い淀む。
顔を背けて逃げると、未来がベランダに降りた。
ベランダ用のサンダルが、カツカツ音を立てる。
「成人式、楽しかったね」
「う、うん。……そうだね」
「久しぶりに板場さん達にも会えたし。みんな大人っぽくなってたよね」
「に、二年しか経ってないのにびっくりだよねっ」
「うん。もう結婚してる子もいたね」
ビクッと響の体が強張った。
意識なく拳が握られる。
眉が八の字に曲がった。
「大人、なんだよね。……わたしも未来も」
「……そうだね。子供じゃいられないね」
「み、未来。あのさ……」
「別れたい?」
「え?」
「私と……親友に、響は戻りたい?」
響は目を剥いた。
心臓が早鐘を打ち、拳にぬめった汗が滲む。
「な、なんで……」
「……子供じゃないから」
言って、ベランダの手摺りに未来は背を預けた。
ゆるりと夜空を見上げる。
「響と流れ星を見たいと願ってた頃のままじゃいられないもの」
「……未来」
「これからは彼氏はいないのか聞かれたり、結婚はしないのって聞かれたりすることが増えるよね」
「……今日もそういう話題でてたもんね」
「自立した女性が増えてても、社会は結婚して子供を産んで……ってのが普通なんだろうね」
「……わたしは未来が好きだよ。結婚できなくても子供がいなくても、ずっと一緒に、いたい」
「私も響が好きだよ」
「未来を他の誰かに渡すなんて嫌、だよ」
「ありがとう、響」
ふわりと未来は微笑む。
「でも……もう響もわかってるでしょう?」
好き、一緒にいよう、守り守られて生きていこう。
二人で誓ってここまで走ってきたけれど、好きだけでは一緒にいられない歳になってしまった。
世間体、なんて。
とてもくだらないと未来は思う。
しかし、そのくだらないモノで構成されているのが社会だ。
お互いに働いて、罪も犯さないで、ただ普通に生きて、普通に人を好きになっただけなのに。
好きな相手が同性というだけで壁ができる。
本当にくだらない話だと思うけれど。
抗えない、とも思う。
「未来は……それで、いいの?」
「……私は、何もしていない響が、また……痛い思いするのは、嫌なの」
響が息を詰めた。
未来の言う「また」は、今でも響の記憶に錆のようにこびりついている。
一人生き残ったせいで受けた世間からの迫害、いわれの中傷、学校での虐め。
忘れようにも忘れられないトラウマだ。
二度と同じ目に合いたいとは思わない。
けれど、未来と一緒にいれば奇異の視線に晒される可能性がある。
同性嗜好の人がいないわけではない。
それでも、少数派なのが現状で、誰しもが受け入れてくれるとは限らないのが現実だ。
「だから、ね」
響の手を未来は取った。
指を絡めて、強く握る。
「今まで、傍にいさせてくれて……ありがとう」
ツヴァイウイングの事故からこれまで。
色々な事があった。
響が謂れ無き虐めに合い、装者になり、それを隠してた事でぶつかったり。
未来もまたギアを纏い、響と戦いもした。
そして守られるだけでなく守り守られて生きていこう、と誓った。
本気だった。
ずっと響と生きていこうと思った。
傍で、一緒に、普通に。
二人で幸いになりたいと思っていたけれど。
性別なんてどうしようもないモノが響に普通の幸いを渡せないのならば……。
未来の手から力が抜けた。
絡まった指が解ける。
繋がっていた手が離れて。
「未来っ」
響が手を捕らえた。
汗で濡れた手が滑る。
離れそうになりそうになる手を指を絡めて響は掴む。
強く、絡め取る。
「未来……」
響が息を飲む。
唇が戦慄いた。
迷いが見える。
けれど、手は未来を絶対に離そうとはしない。
「…………結婚、しよう」
未来は目を見開いた。
探るように響を見つめる。
眉は八の字に曲がっていた。
情けなく、弱々しい。
それなのに、瞳は真っ直ぐで。
迷いながらも見据えていた。
その先に待ち受けている現実を。
「本当の結婚はできないけど……。世間や社会に怒られちゃうかもしれないけど……。でも、でも」
すぅっと響が息をすった。
唇の震えが止まる。
「未来への気持ちは偽りたくないんだっ」
言い切ったと言うように息を切らす響に、ほぅっと息を未来は吐いた。
手は捕らえられたままだ。
「……響。私の話、聞いてた?」
「聞いてたよ」
「もしかして理解できてない? 私が思ってよりもおばか……」
「理解してるよ! っていうか酷すぎないかなそれっ!?」
ショックで叫ぶ響とは裏腹に冷静な声で未来は聞く。
「……本気で言ってるの?」
声のトーンは重い。
顔は真顔で、冗談の片鱗も見えない。
自然と響も真剣な面持ちになった。
「また、白い目で見られるかもしれないんだよ?」
「……わかってる」
「虐められるかもしれないよ?」
「しってる、よ」
頷く響はまだ未来の手を離そうとしない。
「板場さん達とも、もう会えなくなっちゃうかもしれないよ?」
「理解してる」
響の指先は揺るがない。
「おば……」
響から未来は視線を逸らした。
口ごもり、躊躇する。
けれど、それはほんの数秒で。
顔を上げて響を見据える。
「おばさん達も悲しませるかもしれないんだよ」
響が体を強ばらせた。
見据えていた視線が未来から外す響の動揺は大きい。
言いたくなかった、と未来は思う。
響が家族を大切にしているのを未来は知っている。
中学当時の迫害を今でも負い目に感じている事も。
高校の頃よりは実家に足を運ぶようになったけれど、まだどこか遠慮がちでいる。
ずっと自分を傷つけながら戦ってきた勇気がある人。
人を悲しませたくない気持ちが何よりも強い優しい人。
そんな人にこれ以上、悲しい思いはさせたくない。
辛い思いはしてほしくない。
唇を噛んで、未来は指を解きほぐそうとする。
「……話す、よ」
指は解けなかった。
「おかあさんにもおばあちゃんにも、みんなにも。未来のこと、話す」
二度と離さないというように。
「わたしはもう泣いてばかりいた子供じゃない」
離そうとしても繋ぎ止められる。
「たとえ許してもらえなくても、許してもらえるまで話し続けるよ」
ふと響が目を細めた。
柔らかい微笑みが浮かぶ。
「わたしがずっとそうしてきたの、未来は知ってるでしょ?」
装者として戦いながら、響は話し合いを続けてきた。
敵として立ち塞がられても、もがきながら手を繋ごうと、腕を伸ばし続けた。
そして、繋いだ手は。
「もうこの生き方は変えられないよ」
今でも離れないでいる。

誰一人として。

「響は……」
未来が溜息を落とした。
「響は、変な子のまま大人になっちゃたんだね……」
「そのわたしと付き合ってる未来はもっともーっと変な子だよ」
言って、明るく響は笑う。
未来もまた静かに笑んだ。
「未来、わたしと生きてください」
「響は私と生きてくれますか?」
見つめ合い、同時に頷く。
「一緒に、生きていこう」
怖い気持ちはある。
逃げ出したい気持ちもある。
しかし逃げていては何も始まらない。
何も変えられない。
離せない想いを立ち向かう勇気に変えて。
響と未来は新たな一歩を踏み出した。

響×未来
ペニーワイズの利便性

久しぶりの二人っきりの旅行。一泊だけど任務のない羽根伸ばし。S.O.N.Gが用意するホテルとは異なる …

響×未来
保護中: 昨夜はお楽しみでした (18禁 (御礼リク))

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響×未来
保護中: かぷかぷしてる (みくひび 18禁)

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