逮捕しちゃうぞフルスロットル(5話より)

「それにしても今日はびっくりしたわー」

 ロッカールームで着替え中の夏美は思い出したように言った。

「夏美、何の話?」

 既に着替え終えていた美幸が制服を丁寧に仕舞いながら聞き返す。

「まさか美幸が他人を引っ叩くなんて思わなかったんだもん」

「あ、あれはっ!」

「私が必死で我慢してたのに美幸が先に殴っちゃうんだもん。お陰で出番なかっ
たわよ」

 笑って言う夏美に、強い口調で美幸は言い返した。

「しょうがないじゃない。我慢できなかったんだから」

 己の我侭を棚に上げて、全て警察のせいにする母親を美幸は許せなかった。

 車上荒らしを検挙できなくて責められるのは、まだ仕方ないと思える。

 例え手を抜いた捜査をしていないにせよ逮捕できていないのは事実なのだから

 だが、赤ん坊を連れ出されたのは、車に置き去りにした母親にも責任は多分に
ある。

 まして炎天下の車内に赤ん坊を置いて行くなんて、美幸が発見したとしても鍵
を開けて連れ出している。

「でもお母さんも解ってくれたし。良かったじゃない」

 戻って来た赤ん坊を抱くその様は本当の母親だった。

 二度と赤ん坊を車内に置き去りにしないと美幸は思う。

「よっぽど美幸の一発が利いたんでしょうね」

「もう言わないで。私も反省してるんだから」

 しつこく揶揄う夏美を横目で睨ながら美幸はロッカーを閉めた。

 コツンと音がした。

 つい力の入った閉め方をしたせいで、中のモデルガンがコケたらしい。

 開けると、案の定ライフルが傾いて制服に凭れ掛かっていた。

「やだ。皺になっちゃう」

 ライフルを立て掛け直して制服についた皺を美幸は丁寧に伸ばす。

 署内の更衣室のロッカーは縦長の長方形をしている。

 上と下に網棚が付いたどこの会社にもありそうな一般的なロッカーだ。

 職種上、全ての支給品は全て署の管理下にあり、持ち出しは禁止とされている

 制服も同様で、クリーニングや衣替えすら交換という形を取られている。

 その為、一年を通してロッカーに吊るされる制服は一枚から二枚。

 冬場はそれに薄手の黒いコートが増える位の警察では事足りるスペースだ。

 なのに、美幸のロッカーは狭かった。

 ライフルの上の網棚にはオートマティックとリボルバーが数種。

 下の網棚にはBB弾と特殊ペイント弾。

 更衣室のロッカーというよりは武器庫と言った方が正しかった。

「ちょっと持って帰ろうかしら」

 少々持ち込み過ぎたかもしれないと思案すると、頭上から影が落ちた。

「夏美?」

 振り返るより先に背中から抱きすくめられる。

「ちょ、ちょっと夏美!こんな所で…っ!」

 頬を染めながら美幸は慌てた。

 24時間、人が詰めている警察では何時誰が更衣室に来るか知れない。

 運悪く頼子が入って来れば、明朝にはいらない噂が尾鰭を付けて署全体を飛び
回る事になる。

「夏美ってば!」

「ちょっと実感しちゃったなー」

 しみじみとした夏美の声に美幸は怒るのを止めた。

「…夏美?」

「私達、本当に離れていたんだってね。改めて思っちゃった」

 夏美が何を感じたのか美幸は気づいた。

 以前なら夏美が先に動いて美幸は止める立場だっただろう。

 なのに、今日は立場が逆転した。

 美幸が先に動く時は頭脳戦が主流の時だったというのに。

 まして、被害者に手を上げるなどまず考えられなかった。

「手、痛かったでしょ?」

「…少し」

 頷いて、美幸は右手を見つめる。

 素手で人を叩くというのは、己も叩く行為でもある。

 相手が痛ければ痛いほど、上げた手も痛い。

「ったく。無茶するんだから」

 言って、夏美は両手で美幸の右手を包んだ。

 暖かいと美幸は思う。

「美幸は変わったんだね」

「…夏美だって…変わったじゃない…」

「まぁね」

 当然と夏美は言った。

「だってさ、その為にコンビを解消したんだもん。美幸が変わった分だけ私も変
わってるわよ」

 ただ寄り掛かり合う二人ではなく。

 お互いが高め合うコンビになるために。

 あえて解消の道を夏美と美幸は選んだ。

「それは理解してるけど」

 解っていても、それはそれで寂しいと美幸は思う。

「パソコンだって覚えたし、力加減も覚えたしね」

「変わったが掛かるのは……そこなの?」

 変わる意味が違う夏美に美幸は呆気に取られた。

「あら重要よ。パソコン覚えなきゃアメリカに行っちゃった美幸とメールも出来
ないじゃない」

「そのわりには返事が返って来る確率は70%ぐらいだったけど?」

 痛い所を疲れた夏美の笑顔が引き攣った。

「……いやぁ。訓練厳しくてさ」

 頭を掻きながら訓練のせいにする夏美に美幸は微笑む。

「それについては返って来ただけで良しとしてるけどね」

「そうそう。これでも頑張ってたのよ」

「はいはい。解ってます」

 プロファイリングを学ぶためとはいえ、日本を飛び出したのは自分の意思であ
り、夏美にメールを望むのは一種の我侭とも言える。

 なのに訓練で疲れた体で苦手なパソコンから夏美はメールを返してくれた。

 本当はそれだけで十分だったと美幸は感謝している。

「力加減だってそうよ。覚えないと」

 半分解いてた腕で夏美は美幸を抱き締め直す。

「夏…っ!」

「美幸を壊しちゃうじゃない」

 耳元で囁かれ美幸の背が粟立つ。

 振り解こうとすると、微かに増した力が美幸を離そうとしない。

「ね?大事な事でしょ」

 赤い頬の美幸を楽しそうに夏美は笑う。

「ちゃんと教えてあげるから」

 言って、夏美は美幸の耳朶食んだ。

 ピクンと美幸は首を竦める。

「離れている間に変わった私と変わってない私。美幸には全部教えるからね」

 先刻までの声とは打って変わった甘さが残る声で囁かれ。

「だから美幸も教えて。包み隠さず。全部、教えて」

 赤裸々に問われては、言葉など発せられる筈もなくて。

 黙ったまま美幸は小さく頷いた。

 

 離れても変わらない想いと離れたからこそ変わる強さ。

 もう一度お互いの全てを知るにはまた幾ばくかの時が必要なのだけれど。

 恐れない絆がそこにはあった。

夏実×美幸
未満 夏実→美幸

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夏実×美幸
2
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夏実×美幸
料理

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