逮捕しちゃうぞフルスロットル(11話より)

「やっぱりへこんでる……」
 
 ガレージに戻したTodayのバンパーを見て、美幸は肩を落とした。

 火事を消すために自ら消火栓に突っ込ませた跡は見事にひしゃげている。

 修理というよりは交換に値する傷だ。

 夏実の力で抜けなかった消火栓を無理やり動かしたのだから、当然と言えば当然なのだが。

 やはり、胸が痛む。

「ごめんね」

 ボンネットを撫でてTodayに美幸は謝った。

 車と人命。

 どちらを優先するかと問われれば迷わず人命と美幸は答える。

 それは職務を抜いても変わらない結論だ。

 けれど、車が大切なのもまた事実で。

 これで何度Todayに傷を負わせ、何度落ち込んだか知れない。

「まぁ、あれだけ無茶すれば…ねぇ」

 美幸の後ろから痛々しいTodayを見つめて夏実は呟いた。

 美幸が大切にしているTodayは夏実にとっても思い入れのあるミニパトだ。

 初めて墨東署に着任した時から、数々の事件を共に解決してきた仲間だと夏実は思っている。

 仲間の傷ついた姿ははっきり言って見たいものではない。

 その上、Todayが傷つけば美幸もまた傷つく。

 相棒と仲間の両方が傷つく姿を夏実はこれで何度見たか、もう数えきれない。

「ごめんね。私が消火栓を抜く事が出来たら、Todayを傷つける事もなかったのに」

「ううん。いくら夏実が力持ちでも素手で抜くのは無理よ」

 首を振って、美幸は微笑んだ。

「あのままだと火事はどんどん広まる一方だったし。この子をぶつける以外に手の打ちようがなかったもの」

「そうなんだけど…」

 自衛隊の特殊訓練でパワーはかなりアップしたものの、消火栓に夏実は負けた。

 一般的に素手で太刀打ちする相手ではないが、相手が出来るだけのパワーがあれば、目の前の現実は防げた筈だ。

 まだまだ訓練が足りないと夏実は拳を握る。

「さ、まずはこの子を直してあげなきゃ。夏実も手伝ってくれるでしょ」

「勿論」

 気持ちを切り替える美幸に応えて夏実は立ち上がった。

 ガレージの置くから工具一式取り出し、美幸の傍に夏実は持って来る。

「とりあえずこれぐらいで良い?」

「うん。ありがと」

 夏実の用意した工具を使い、美幸は手早くTodayの外装を外す。

「あー…やっぱりこっちも変えなきゃ駄目ね」

 バンパースティは外側から内側へと曲がっており、ボルトも何本か外れかかっていた。

 ヘッドライトの淵にもヒビが入っている。

「バンパーとウインカーとヘッドライトの交換と…。あと車軸も調整した方が良いわね」

 被害状況を確認する美幸の言葉を聞いて、夏実は予備の部品を奥から掻き集める。

「ラジエーターは?」

「お願い」

 一通り夏実が部品を用意すると、美幸はTodayの下に潜り込む。

「12番取って」

「はい」

 車体の下から伸びて来る美幸の手にスパナを夏実は渡す。

 本格的な修理に掛かると、あとは美幸の独断場だ。

 力仕事以外は、美幸の支持を待つ事になる。

 近くのオイル缶に夏実は腰掛けた。

「ラチェット」

「はい」

 工具を渡すと、直ぐに金属音が重なる。

 美幸の口数は少なくなり、待つ夏実は幾分か手が空く。

 膝に頬杖を突いて、夏実は言った。

「ねー美幸ー」

「んー?」

「火事、広まらなくて本当に良かったわねー」

「そうねー」

 くぐもった返事に、少し考えて夏実は続ける。

「ねー美幸ー」

「んー?」

「中嶋君、なんか様子おかしくなかったー?」

「そーお?私はあまり気にならなかったけどー」

 横目で美幸の様子を窺いながら夏実は耳を澄ませた。

 聞こえる工具の音には特に乱れはない。

「まぁ、私の気のせいだと思うんだけどねー」

 言って、夏実は視線を上げた。

 車体の下に聞こえないように独りごちる。

「美幸は気づいてない。と」

 聡いのに恋愛沙汰になると殊更鈍くなる相棒に夏実は感謝した。

 実の所、今日に限らず、先日から中嶋の様子がおかしかった。

 落ち着きがなく、そわそわしていて、視界には何時も美幸を収めていたような感がある。

 中嶋が美幸を想っているのは周知の事実だ。

 ただ、純情で奥手な性格のせいで、恋を実らすための行動は殆ど見られない。

 その中嶋が珍しくもアプローチをしようとしていたように夏実は感じた。

 誰かに何を言われたのか、それとも触発されるような番組でも見たのか。

 何れにせよ、夏実にとってはあまり嬉しい行動ではなかった。

「悪いと思いつつ、邪魔させて貰ったけど」

 おそらく中嶋は気づいていないだろう。

 意を決しようとする度に、あえて夏実が間に割り入っていた事を。

「他の誰かなら応援するんだけどねー」

 仲間としての中嶋は夏実も好きだ。

 優柔不断は少々苛々するけれど、良い奴だと思う。

 バイクテクに関しては尊敬もする。

 しかし、美幸が関わると話は別だ。

 美幸自身が望ない限り、渡すつもりはない。

 例え、相手が中嶋でなくても。

「夏実」

 車体の下から美幸が出て来た。

 損傷の分析を終えたのだろう。

「どうだった?」

「思ったより損傷は少なかったわ。今日中には終えられそう」

「良かった」

 安心したと笑い、夏実はオイル缶から立ち上がる。

「ね、修理も良いけどさ。お腹空かない?」

「そういえば…」

 火事を鎮火させた後も残り火がないか確認をしたり、レッカー車を呼んだりと事後処理に追われ、署に帰った後も報告書の提出や事情聴取に立ち会ったりと一息入れる暇はなかった

「腹が減っては戦は出来ぬ。って言うでしょ?私、ちょっと食堂で何か買って来るわ」

「じゃあ、箸で食べられる物をお願いね」

 言って、軍手を嵌めた両手を美幸は上げる。

「了解。……あ」

 敬礼した夏実はふと、何かを見つけたように美幸を見つめた。

 凝視したまま顔を近づける夏実に、美幸が一歩引く。

「な、何?」

 ちょんと指先で美幸の左頬に夏実は触れる。

「美幸、オイルが付いてる」

「ほんと?潜った時にどこかで付いたのかしら」

 オイルの位置を確認しようとする美幸の視線が左へと逸れる。

 その隙をついて右頬に夏実は唇を寄せた。

「夏っ…!」

「こっちの頬には口紅が付いてるわよ」

 言って笑うと、美幸の顔が沸騰する。

「付いてるって…今、夏実が付けたんでしょ!?」

「うん」

「うん。じゃないでしょ!これじゃあ交通課に戻れないじゃない!!」

「後で拭いてあげるから」

 大丈夫と美幸の肩を叩いて、夏実は笑う。

「譲らない証拠をちょっと、ね」

「…何の話よ?」

「内緒」

 瞳を瞬かせる美幸に、意地悪そうな笑みを浮かべて夏実は唇に人差し指を立てる。

「んじゃ、食堂に行ってくるから。美幸はそのまま待ってて」

「ちょっと!先に拭いてってよ!」

 頬を隠して怒る声を背で受け止めながら、夏実は駆け出した。

 大声で私のものだと叫ぶつもりはないけれど。

 たまには主張したい時もある。

 もしも今、中嶋がガレージに来たらどんな反応をするだろう。

 美幸はどうするだろうか。

 意地の悪い事を考えながら、夏実は食堂へと向かった。

 

 

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