機動六課が稼働を始めて一週間。
はやては疲れていた。
新しい環境、新品の機器、そして自身の要求が全面的に通った部下達。
幾ら自身が考える最高の状態を用意したとしても稼働したばかりの職
場では、大なり小なり様々なトラブルが起こる。
その殆どが機械やプログラム的なトラブルで解消の目処が見えている
ものの、まだまだ気が抜けない状態が続いていた。
それ以外にも部隊長としての仕事をはやては山の様に抱えている。
終わりが見えない仕事に区切りを付けて、宿舎に戻れるのは真夜中と
いう日々がはやては続いていた。
「あー…。今日も午前様やー」
腕の時計は既に12時を回っている。
首を軽く回すと、肩がコキと鈍い音を立てた。
明日は明日でまだ片付けなければならない仕事が待っている。
サボりたい気持ちも多分にあるが、リインの目が大変に厳しい。
シャワーを浴びてとっとと寝ようと部屋まで歩くと、人影が目に映った。
「なのはちゃん?」
近くに寄って見れば、この上なく見知った相手、六課の切り札でもあ
るなのはだった。
「あ、お帰りなさい。はやてちゃん」
「こないな時間にどないしたん?しかもそんな恰好で」
はやての部屋の扉に凭れ掛かる、なのははサイドポニーを下ろしている。
服装も教導隊の制服ではなく、ピンクのパジャマを着ており、寝る前
という恰好をしていた。
そんな恰好で訪ねて来るのは珍しくて、はやては聞く。
「私に何か急ぎに用でもあったん?」
「そういう訳じゃないんだけどね。ちょっと、寝付けなかったから。は
やてちゃんとお話をしたいなー。と思って」
言って、曖昧になのはは笑う。
その笑顔は何所かぎこちなく、何かを隠しているように見える。
「…そうか」
にこりと笑って、はやては部屋の鍵を開けた。
なのはより一歩前に進んで部屋に入り、なのはへと向き直る。
「なのはちゃん」
「ん?」
「おやすみなさい」
一礼して、扉をはやては閉めた。
「ちょっ!」
閉められた扉を慌ててなのはは叩く。
「どうして扉を閉めるかなっ!?」
「もの凄く嫌な予感がするからやっ」
揺れる扉を抑えるように背にして、はやては叫んだ。
「私は疲れとんねんっ!プライベートな揉め事は勘弁してやっ!」
「原因の半分ははやてちゃんのせいでしょうっ!」
叫び返すなのはの台詞で、予感の当たりをはやては確信した。
なのはが言っている原因は恐らくはやてが用意したキングサイズのベッ
ドだろう。
「別にフェイトちゃんと一緒に寝るくらい構へんやろっ」
「構うから来てるのっ!」
言う、なのはは扉を叩き続ける。
「半分責任あるんだからっ。少しお話に付き合ってよっ!」
「何で私に責任があんねんっ!」
自腹を切ってまでプレゼントをしたベッドで、ここまで責任を追求さ
れる謂われはない。
その上、なのはの話は想像に易かった。
ベッドにかこつけた文句なのか惚気なのか解らない話を延々と聞かさ
れるだろう。
疲れた話でそんな話を聞くのははっきり言って、書類より堪える。
「明日聞いたるから!今日は帰って寝ぇっ!!」
叫ぶと、ぴたりと扉を叩く音が止んだ。
騒がしかった廊下がシンと静まり帰る。
扉に耳を当てて、はやては様子を窺う。
物音が消えた廊下は、完全に静寂を取り戻していた。
「……諦めたんかな?」
なのはにしては、あっさりしている。
けれど、諦めてくれたのならそれに越した事はない。
やれやれ、と息をつくと、念話が飛んできた。
『はやてちゃん』
「なのはちゃん?」
念話で返さず、言葉ではやては聞き返す。
『ちゃんと避けてね』
再び、なのはから念話が飛んできた。
「避ける?」
『あと、防御結界も張った方が良いと思うよ』
「防御結界?」
扉の向こうは変わらず静かだった。
なのに、不穏な空気が扉越しに伝わって来る。
それはまるで、火災時の煙が足元から忍び寄るような静けさで。
しかし確実に、生命を危機に晒す空気の流れに、はやての肌が粟立つ。
「……まさかっ!」
慌てて扉を開けると、そこにはパジャマ姿のなのはではなく。
バリアジャケット姿のなのはがいた。
手にはしっかりとバスターモードのレイジングハートを構えている。
しかも、心に響くようなカウントダウンをレイジングハートが数えている。
「何してんねんっ!!」
「はやてちゃんが扉が開けてくれないから、自分で開けようと思って」
「開くどころか私ごと吹き飛ぶわっ!」
「だから、避けるのと防御結界をお願いしたんだけど」
「この近距離でどないせーちゅうねん!宿舎ごと無くなるわっ!!」
どこまでも力業な、なのはを責めてている間も、レイジングハートは
主の気持ちを代弁し続けている。
5、4、3、。と、命の灯火を吹き消そうするレイジングハートに、
はやては叫ぶ。
「わ、解った!入れたる!!話聞いたるからカウントダウンを止めてやっ!」
「本当?」
「ほんまっ!」
大きく頷くと、にっこりとなのはは微笑んだ。
「レイジングハート、もういいよ」
(イエス、マスター)
残り1秒の所で、カウントダウンは止まった。
次いで、バリアジャケットを解除するなのはに、はやては脱力する。
「……レイジングハート。頼むからなのはちゃんを止めてや」
(マスターの意向は危険がない限り尊重します)
しかし、レイジングハートはなのはの味方だった。
デバイスにとってその担い手は主だ。
マスターを優先するのは当然だが、このとんでもない無茶の手助けを
するのは、如何なものだろうか。
「……何やねん。この似た者マスターとデバイスは……」
マスターが不屈の精神の持ち主なら所有するデバイスも不屈で。
全力全開でマスターをサポートする。
痛い頭を押さえながらはやては、なのはを部屋に迎え入れた。
「お茶でも淹れるから、なのはちゃんはソファーに座っとって」
「うん。ありがとう」
リビングのソファーに座る、なのはを尻目にはやては簡易キッチンに
向かう。
湯を沸かしながら、急須と湯のみを二つ出し、茶筒を開ける。
染みついた感覚だけで茶葉を入れ、沸騰する前に火を止めて、湯を注ぐ。
数秒蒸らし、頃合いを見計らって湯のみに交互に茶を注いで、はやて
はリビングへと戻った。
「ほい。なのはちゃん」
「ありがとう」
ほわほわと上る湯気を噴いて、なのははお茶を飲んだ。
「あ、美味しい」
「ありがとう」
賞賛は素直に受け止めて、笑顔ではやては言う。
「飲んだら、帰ってな」
「はやてちゃん、冷たい」
「その分、お茶は熱いで」
言って、熱々の茶をはやては啜る。
休みの日にわざわざ地球まで買いに行ったお茶は美味しかった。
香ばしい茶葉の匂いに心が落ち着く。
「もう同じ部屋になって一週間も経っとるんやから、ええ加減慣れたやろ」
「……慣れないから困ってるんだよ」
湯のみを両手で包んで、唇をなのはは尖らせた。
「普通のベッドを用意してくれてたらこんなに悩まなかったのに」
「寝心地は最高やろ?」
「その寝るまでが大変なのっ」
寝心地は、はやてが言う通り確かに良い。
柔らかすぎず、固すぎず。
安眠が保証されたベッドだ。
ただし、それはフェイトが隣にいなければの話で。
精神を過敏にする存在が眼前にいれば、その効果は無に帰す。
お陰で、この一週間はキングサイズのベッドの隅で、毎日羊をなのは
は数えている。
不幸中の幸いは、元々寝付きが良い方だという事と、仕事の疲れで二
桁前半で途切れる位だ。
「フェイトちゃんはどうなん?」
「……気にせず寝てる」
「今も?」
「今も昨日もその前も、ずっと」
「フェイトちゃんらしいなー」
なのはと一緒に眠る事に躊躇いがない上に、一度寝ると眠りが深いフェ
イトは十分にベッドを活用してくれているらしい。
「だから困るんだって」
言って、溜め息をなのはは突く。
「フェイトちゃん無防備だし」
「それは昔からやろ」
「シャンプーの良い匂いをさせてるし」
「そりゃお風呂入ればそうなるわな」
「目のやり場に困るようなキャミソールとスパッツで寝るし」
「見に行ってもええ?」
「駄目」
「そこは譲らんのやね」
半分テンパっていてもなのはの根性は健在のようだ。
「それもこれもはやてちゃんがあんなベッドを用意するからだよっ!」
「ちょっ!どれもベッドは関係あらへんやんか!」
「あのベッドが色々と助長させてるのっ!!」
叫んでテーブルを叩いたなのはは身を乗り出してはやてに詰め寄る。
「あんなにも可愛いフェイトちゃんが無防備に肩とか足とか出して隣で
寝てるんだよっ!私にどうしろって言ってるのかな!?」
「そんなん知らんてっ!」
「全部はやてちゃんのせいなんだからねっ!」
「何でやねん!卑屈のエースの次は屁理屈のエースでも目指す気かいっ!」
「だから私の中でナニカがキレそうで大変なんだってっ!!」
「もうキレてまえ!」
「それが出来たら苦労してないのっ!」
「…………そらそうやな」
キレてたら今頃、なのははここにいないだろう。
なるほど、とはやては納得した。
「はやてちゃんは、あの寝顔の破壊力を知らないから呑気にしてられる
んだよー…」
「今から現場検証しに行ってもええ?」
「駄目」
「どっちやねん」
そこはどうしても譲れないらしいなのはに、はやては茶を啜る。
何故、こんな事になってるのだろうか。
なのはが一言、好きだと言ってしまえば全て解決する問題なのに、何
時まで経っても話が進まない。
「ちなみに、なのはちゃんの中の何かがキレたらどうなるん?」
「…………………フェイトちゃんが口では言えない事になるかなぁ」
「そっちかい」
キレて告白に行くのなら、両手を挙げて喜ぶ所だが。
告白の先にある筈の階段を一段飛ばしで昇りそうななのはに、はやて
はこめかみを押さえた。
もういっその事、その方が進展しそうな気すらする。
「いや。それはあかんやろ」
思わず楽な展開を選びそうになる思考をはやては押し戻した。
そういうのはお互いに納得した上で成り立つものであって、一足飛び
でに成り立たせるモノではない。
とは言うものの、なのはが納得するような打開策は、疲れた頭では直
ぐには思いつかず。
とりあえず、背中を押す事にはやてはした。
「もう言うてもええとちゃうか?」
「それが出来たら苦労してないよ」
「せやろなぁ」
予想通りの返事だと、はやては思う。
はてさてどうしたものか。
このままなのはを放っておくのは危険だ。
なのは自身がというよりは、主にフェイトと自身の命が危機的な状況
なのだが、何故だろう。
宿舎も危うい気がする。
何か良い発散方法でも無いかと首を捻ると、テーブルと仲良くなって
いたなのはが顔を上げた。
「はやてちゃん」
「ん?」
「泊めて」
「嫌や」
「どうして?」
「朝日が拝めんようになるから」
なのはを泊めるにはフェイトに了承を得なければならない。
理不尽な話ではあるが、金色の鎌に狩られないための破ってはならな
い約束だ。
「じゃあ、明日訓練付き合って」
「は?」
意外な申し出にはやては瞳を瞬かせた。
「この鬱々とした気持ちをどうにかしたいから訓練付き合って」
「悶々の間違いやないの?」
「どっちでも良いから付き合って。全力全開の訓練」
「………嫌や」
「どうして?」
「朝日が拝めんようになるから」
例え、なのはより魔導士ランクが上でも、レアスキルがあっても、1
対1で模擬戦をすれば確実にはやては負ける。
ましてこんな状態のなのはと模擬戦を行えば、訓練室どころか六課す
ら破壊しかねない。
「もう!どっちかは譲ってよ!!」
「なら譲歩できる提案してや」
どちらを選択しても、命の危険請け合いの提案を誰が好き好んで受け
るだろうか。
断固拒否と、両腕で×を作ると、なのはが立ち上がる。
「…………解った」
はやてに理解を促すそれは低く唸るような声だった。
背筋が凍えるのを感じながら見上げると、とんでもない台詞が降って
くる。
「こうなったらもうフェイトちゃんを―――」
「それは一番あかんっ!」
立ち上がって、なのはを慌ててはやては止める。
「そこまで考えんなら何で告白にならんねんっ!」
「だって恥ずかしくて言えないもんっ!」
「そっちの方が恥ずかしいやろっ」
「言葉よりまず行動!」
「使い方が間違っとるわっ!!」
冷静沈着なエースオブエースの姿は最早見る影もなく。
フェイトに対するナニカが切れかかるなのはをはやては羽交い締めに
した。
「はやてちゃん離してっ!」
「離せるかいっ!!」
フェイトの身を案じて、暴れるなのはをはやては身を挺して止める。
しかし、一向になのはは収まろうとしない。
「なのはちゃんごめん!」
チッと舌打ちをして、はやては素早く唇を動かした。
空気が硬直する。
足掻いていたなのはの動きが止まった。
膝が崩れる。
「っと」
昏倒するなのはを受け止めて、はやては息を突く。
腕の中のなのはは、規則正しい呼吸を繰り返していた。
成功した、とはやては思う。
「シャマルに教えて貰たスリープ魔法がこんな所で役に立つとはなぁ……」
感謝するように、はやては天を仰ぐ。
シャマルがはやてに教えたのは、簡易魔法だ。
はやての魔法は広域で強力だが、場所を選ばなければ被害が甚大になる。
そんな、はやての身を憂いたシャマルは護身術になる簡易魔法を幾つ
か伝授した。
なのはにかけたスリープの魔法はその一つだった。
詠唱が短い分、効果も薄い。
一般人で、2~3時間。
なのはほどの実力者ならせいぜい30分保てば良い方だろう。
それでも、なのはを落ち着かせるには十分な時間だ。
よいしょ、となのはを抱え上げて、ソファーにはやては寝かす。
「今日一番の大仕事やったわぁー……」
息を一つ吐いて、背筋をはやては伸ばした。
仮にあのままなのはが部屋に戻ったとしても、フェイトにナニかを出
来たと、はやては思ってはいない。
もし本当にそんな事が出来るのなら、もっと早くに行動に出ているだ
ろう。
意気込んで帰ったとしても、フェイトの気持ちを無視するような事は
出来ず。
座敷童のように枕元でまんじりと正座したまま朝を迎えるのがオチだ。
それでも、何所か不安が残った。
大丈夫、と完全に言い切れない。
それが、高町なのはという人物の性だ。
「もう、このままなのはちゃんを寝かせとこ」
近距離で直撃を受けたせいか、なのはの眠りは深そうに見える。
予想通りなら30分程度で起きる筈だが、仕事の疲れも伴っているせ
いか、朝まで眠りそうな位に、なのはは気持ち良さそうに眠っていた。
それならそれで、目覚める頃には、また心のリミッターが掛かる。
進展も無ければ後退も無い、その場しのぎの手ではあるが、仕方ない
とはやては思う。
「毛布を取ってこなあかんな」
パジャマ姿のままでは風邪を引きかねない。
掛ける物を取りに行こうとするはやてを遮るように、なのはの胸元で
紅玉がふわりと浮いた。
(八神はやて)
「ん?何や?レイジングハート」
足を止めて、レイジングハートをはやてを見つめる。
(マスターを眠らせてどうするつもりですか?)
マスターを護るようになのはの周囲を一周するレイジングハートに、
思わずはやては眉間に皺を寄せた。
「……先刻のやり取り。見とらんかったん?」
(見てました)
「ほんなら眠らせる位、許したってや。別に何もせえへんから」
(本当ですか?)
「そら、まぁ。今なら胸も触り放題やとは思うけど」
言って、視線をなのはの胸へとはやては移す。
横たわるなのはのそれは横たわっていても豊かで、とても魅力的だ。
更に言えば、常にガードが固いなのはのそれには久しく、はやても触
れていない。
「……チャンス、なんやろなぁ」
思わず、本音が口をつく。
しかし、寝ている間に、と言うのは、流石のはやてとて躊躇いがある。
ついでに言えば、ばれたら間違いなくお話だ。
しかし、とても触り甲斐のある形がはやてを誘う。
この誘惑に乗るべきか、突っぱねるべきか。
趣味と命が天秤に掛けられる。
なのはの胸元から視線を逸らさずに逡巡すると、レイジングハートが
なのはの胸元に降り立った。
チカチカと点滅する紅の光。
普段ならその力強い光は、親友の身を任せられる信頼に値にするのだが。
今はどうにも警告信号にしか見えない。
天秤がカタリと傾いた。
「なのはちゃんが起きるまで指一本触らへんから。信用したって」
趣味を諦めて、はやては両手を挙げた。
けれど、紅い点滅は止むことはなくて。
真意を探られているようだと、はやては思う。
(解りました)
やや間があったが、レイジングハートははやてを信用した。
ホッと、はやてが胸を撫で下ろす。
(ですが)
「ん?」
(フェイト・T・ハラオウンに関しては一切関与を致しかねます)
「フェイトちゃん?」
フェイトの名前にはやては思い出す。
「だぁぁ!忘れとったーーっ!!」
つい先刻まで覚えていた筈なのに、なのはの喧噪ですっかりフェイト
との約束が頭から吹っ飛んだ。
「なのはちゃん起きて!」
なのはの耳元で叫んで、はやては体を揺する。
しかし、なのはの瞳は開かない。
「私の為に起きたってっ!!」
自分で眠らせて起きながら起こすというのは矛盾しているが、そんな
事を気にしている場合ではない、はやては必死だ。
しかし、はやての願いは届かなかった。
静かな寝息がはやてを焦らせる。
「ま、まずい……」
心優しき金色の閃光は、なのはを護る為には、心無い金色の死神に変
貌する。
それはもうエースオブエースが白い悪魔と称される時と同等の恐怖だ。
「あ、あかん。それはあかん!」
このままでは、なのはを泊める事になり、フェイトとの約束を反故に
する事に繋がる。
明朝、目覚めたフェイトが狩りに来るのは決定事項だ。
今まで身を案じていた者に狩られるのは洒落にもならない。
朝日と共に消えそうな命の灯火に、はやては回避策を本気で組立てる。
「なのはちゃんを抱っこして部屋まで連れて行く………って、フェイト
ちゃんが起きたらその場で終わりやんか」
バルディッシュを手に詰め寄られる自身を想像したはやての背に悪寒
が走る。
何故、スリープ魔法と一緒にリカバリ魔法も教えて貰わなかったのか。
一方通行の魔法をはやては悔やむ。
「あ、素直に何もしてへんと言えば!………尋問か?」
例え、何もしていないと言っても、この状況ではフェイトは信じない
だろう。
しかも、なのはの身が関わっているのだから、尋問は白を黒に変えか
ねないくらい厳しいだろう。
その信用度は日頃の行いのせいなのだが、それは一先ず棚に上げて、
次の対策をはやては取った。
「レイジングハート!私の弁護したって!」
証人、というか証言があれば状況は変わる。
しかも、なのはのデバイスであるレイジングハートならば、信頼度も
高い。
レイジングハートに、はやては頼み込む。
(関与致しかねます)
しかし、デバイスは無情だった。
「そんな事言わんと!頼むわっ!!」
デバイスに両手を合わすのは情けないと思いつつも、はやては懇願する。
(関与致しかねます)
しかし、返事は変わらなかった。
マスターを眠らされた事を怒っているのか、絶え間なく点滅をレイジ
ングハートは繰り返す。
「このコンボは洒落にならんて!」
悪魔の後に控えていた死神は、ゲームのラスボスの後の隠れボスと相
違ない。
しかも、普段が穏やかな分、その恐怖は二倍にも三倍にもなる。
リセットしてやり直したいと思っても、現実はそうはいかなくて。
部屋をウロウロしながら策をはやては捻り出す。
「しゃあない……」
ピタリと足を止めて、モニターとコンソールをはやては呼び出した。
操作して、コールを鳴らす。
「起きてや。ほんまに頼むから起きてや」
緊急アラートも辞さない覚悟で、はやては応答を待つ。
モニターが切り替わった。
『はやて?』
モニターに現われたのはフェイトだった。
若干、重たそうな瞼がつい先刻まで眠っていたと物語る。
「フェ、フェイトちゃん起こしてごめんな」
『それはいいけど。どうしたの?こんな夜中に』
「あ、あんな。今、私の部屋になのはちゃんがおるんやけど……」
『え?なのは、はやての部屋にいるの?』
「う、うん。それで相談なんやけど」
『待って。今、そっち行くから』
「は?」
言われた台詞を理解する前に、モニターが切れた。
「えー……、今から、来る?」
その直前に聞こえた言葉をはやては繰り返す。
額から汗が一筋垂れた。
「だーー!フェイトちゃんに何て説明すればええねんっ!!」
尾を巻いて逃げたい気持ちを抑えて、ソファーの方へはやては振り返った。
可愛らしい寝顔が瞳に映る。
おそらくフェイトはもうこちらに向かっているであろう。
フェイトがここに来るまでの所要時間はおおよそ5分。
まず間違いなく、なのはは目覚めない。
「せや!私は悪くないんやしありのままを話せば!!」
テンぱったなのはがやばそうだったので、貴女を護る為に、眠らせました。
「…………一発で即死やな」
職務以外では、なのはが中心で回っているフェイトは信じないだろう。
むしろ、なのはがそんな事する筈がない。と言われそうだ。
その上、その事をなのはが知れば、悪魔モードが展開される。
悪魔と死神のタッグに一人で向かう勇気を、はやては持ち合わせてお
らず、また立ち向かう術もない。
「何とか口八丁で誤魔化さんと……」
動物園の狸の様に部屋を右往左往しながら、はやては策を練る。
現在、なのはは眠っている。
適当な口実をつけても否定する者もいなければ、目撃者もいない。
例え、後でフェイトが確認したとしても、自分の首を絞める結果にな
るなのはは真実は告げないだろう。
「よし!」
相手が人を疑わない純粋なフェイトだけなら何とかなる。
はやてが拳を握るとコール音が鳴った。
モニターで確認すると部屋の前の廊下が映り、フェイトが立っている。
『はやて。私だけど、開けてくれるかな』
「ちょ、ちょお待ってな。今、開けるから」
モニターを切り、深呼吸をはやてはした。
心を落ち着かせ、頭をクリアにして。
平常心、平常心と呟きながら、フェイトをはやては招き入れた。
「ごめんね、はやて。こんな夜中に」
「いや、こっちこそ起こしてしもてごめんな」
部屋を訪れたフェイトは、白いYシャツを着てジーンズを履いている。
なのはが言っていた様な目のやり場に困るような恰好はしていなかった。
残念だと、はやては思う。
「って、それどころやないわ」
邪念を振り払って、フェイトにはやては集中する。
「はやて、なのはは?」
「あ、なのはちゃんならソファーに……」
視線で促すと、フェイトがそれを追う。
「あれ?なのは、寝てるの?」
「う、うん。疲れとったみたいで先刻、寝てしもうたんよ」
「そっか」
体を丸めて眠るなのはに歩み寄って、フェイトは膝を折る。
「なのは、起きて。部屋に戻ろう?」
フェイトが耳元で呼びかけても、なのはの瞳は開かなかった。
「なのは、迎えに来たよ。起きて」
体を揺すっても、目は閉じたままだ。
「なーのーはー」
先刻より大きな声でフェイトが呼んでも、なのはは微動だにしなかった。
規則正しい寝息だけがフェイトに応え続ける。
「なのは、完全に熟睡してるね」
「せ、せやなー……」
困った様に溜め息をつくフェイトから視線を外して、はやては答えた。
親友を騙すの後ろめたさよりも、ばれないように願う気持ちの方が大
きい心臓は、これでもかという位に早鐘を打っている。
今日という日を早く終わらせたいはやての気持ちを知ってか知らずか。
フェイトははやてに聞く。
「そういえば、はやて」
「な、何や?」
「なのは、どうしてはやての部屋に来たの?」
フェイトの質問に、今日一番の心拍数をはやては感じた。
止まらなかった心臓の強さを褒めてやりたいと、はやては思う。
「な、なんか、寝つけなかったらしくてな。話相手が欲しかったらしい
んやけどフェイトちゃんは寝てたやろ?そんで、たまたま丁度ほんまに
たまたま私が帰って来たばかりやったから遊びに来たんよ」
「……ふーん」
フェイトの首が傾いだ。
失敗したと、はやては思う。
力が入ってしまった言い訳の最後は自分でも解る程、白々しかった。
おまけに棒読みだ。
流石のフェイトも、疑問を感じたようで納得していない。
不意に、フェイトが自身の胸元を見た。
「うん。そうだね」
一人言のようにフェイトが頷く。
察するにシャツの胸ポケットにバルディッシュがいるのだろう。
「レイジングハート、はやての言っている事、本当かな?」
「げっ」
心臓が止まった。気が、はやてはした。
証言者も目撃者もいないつもりだったが、信憑性の高い目撃者であり、
証言者がなのはの胸元にいる。
もう紅い点滅を見るのも辛いはやての手が勝手に胸元で十字を切る。
(…………嘘は言っておりません)
「レイジングハート……っ!」
レイジングハートをはやては抱擁したくなった。
確かに嘘をはやては言わなかったが、事実を少し省いてフェイトに話した。
レイジングハートとしては、マスターであるなのはのフェイトへの気
持ちを尊重しただけかもしれないが、結果的にはやては救われたのだ。
「ありがとうな……」
思わず、はやてが涙ぐむ。
「そっか。レイジングハートがそういうなら、本当なんだね」
疑問が解けたフェイトが納得する。
「って、私の信用度ってデバイス以下なん?」
AIではあっても、感情に近い性能と意見をレイジングハートは持っている。
特にレイジングハートは、なのはが初めて魔法に触れた時からの付き
合いで、その信頼関係はとても高い。
そのお陰でどちらも無茶をするという欠点はあるが、親友とは別の意
味で良い相棒だ。
しかし、十年来の親友よりもデバイスの意見を簡単に納得されると、
些か寂しい。
膝を抱えたいな、とはやては思う。
「眠れないなら起こしてくれれば良かったのに」
「フェイトちゃんも疲れてるからな。気を遣ったんやろ」
「そんな事、気にしなくても良いのに、な」
言って、なのはの髪をフェイトは梳く。
嬉しそうな、どこか照れ臭そうな微笑みを浮かべるフェイトの雰囲気
は柔らかい。
と、いうよりは、こそばゆくて、痒くもない肩をはやては掻く。
「それでな」
「ん?」
「なのはちゃん、こんな状態やし、このまま私の部屋に泊めてもええか?」
ここで承諾を得れば、金色の鎌で狩られる事はない。
明日は爽やかな朝日が拝められるだろう。
更に言えば、なのはが目覚めた時の口裏を合わせも可能だ。
最も、なのはが来た理由からすればその必要はなさそうだが、念には
念を入れたい。
「どうやろ?」
「んー……」
小首を傾げるように、フェイトが考える。
右上に視線を這わせてはなのはを見る、フェイトに少し拗ねたような
表情が浮かぶ。
「はやての気持ちは嬉しいけど。やっぱり連れて帰るよ」
言って、なのはの首筋と膝裏にフェイトは腕を差し込んだ。
よいしょ、と力を入れて、なのはを抱え上げる。
「はやて、ごめんね。なのはが迷惑掛けちゃって」
「それはええんやけど。無理に連れて帰らんでもええんとちゃう?」
「別に無理にじゃないよ」
「ほな、何で?」
任務中や教導中に倒れたというなら話は別だが、此処はははやての自
室だ。
はやての趣味という危険さえなければ無理矢理連れて帰る必要性はない。
「何となく。かな」
「何やそれ」
「上手く言えないけど、連れて帰りたい。そう思ったんだ」
困った顔をするフェイトは、自分でも何故そう思ったのか理解してな
いかった。
呆れた溜め息がはやてから零れる。
「何で解らんねん」
それがどんな部類に属する情なのか。
少し追求すれば、解りそうなものなのに。
解らないまま、なのはをフェイトは求める。
幼い頃から培われたなのはへの想いは、あまりにも当然としていて、
自覚までの道のりはまだまだ険しい。
それでも、一応進歩はしているのだろう。
その歩みは亀よりも遅いかもしれないけれど、はやても見た事がない
独占欲が表に出始めている。
このままなら放って置いても何れはその理由に辿り着くだろう。
ただし十年でこの段階では、あと何年掛かるか知れない。
それまで、なのはが保つかと言えば、まず無理だ。
本気で言葉よりも行動にでかねない。
本当にそうなった時、フェイトはどうするのだろう。
嫌だと言うのだろうか。
それとも、なのはならと、身を委ねるのだろうか。
合意なのか、強引なのか、『ん』という一文字付け足しただけの差は
まさに紙一重で。
まだ暫くは余計なお節介が必要かと、はやては思う。
「じゃあ、はやて。夜も遅いし、帰るね」
頭が痛くなる今後を考えるはやてにフェイトが言った。
「あぁ、せやね」
なのはと口裏合わせが出来ないのは不安だが、なのはを案じる時のフェ
イトは止めても無駄だ。
時刻ももう1時を回っている。
明日の朝もお互いに早い。
言われるままにフェイトを送ろうと思ったはやては、ふと思いついた
疑問を口にした。
「フェイトちゃん、そのまま帰る気なん?」
「そうだけど。どうして?」
「どうしてって……」
なのはをフェイトは抱えている。
それは連れて帰ろうとしているのだから当然だろう。
問題は、その方法だ。
普通の抱っこやおんぶならまだしも、今のフェイトは別の方法を取っ
ている。
片手は肩に腕を回すように、もう片手は膝裏から掬い上げるように。
「その抱き方、世間では何て言うか知っとるか?」
「ん?」
「お姫様抱っこ。言うんやで」
「あぁ。確かそんな言い方をするんだったね」
まるで他人事のように言うフェイトは、その意味を全く理解していない。
「で、フェイトちゃんはなのはちゃんをお姫様抱っこして部屋に戻るんか?」
「だって、なのはは完全に寝ちゃってるし。この抱き方が一番楽だよ」
確かに、一般的な抱っこはフェイトの方が身長があるとはいえ、無理
があるかもしれない。
部屋に戻って下ろす事も考慮すれば、おんぶよりもお姫様抱っこの方
が静かに寝かせられて、抱かれている人物の負担も少ないだろう。
しかし、他に思う所はないものだろうか。
廊下で他の隊員と擦れ違った時や、万が一なのはが目覚めてしまった
時の反応とか。
もう少し考えても良い気がはやてはする。
「はやて。このままは駄目かな?」
「まぁ……ええんやないかな。フェイトちゃんがええならな」
「私は構わないよ」
「ほな、ええんやない」
「そっか。じゃあ、帰るね」
言って、はやての部屋を後にするフェイトは、なのはを起こさないよ
うにする以外は気に掛けていない。
何時もよりも少し慎重な歩調で、何時も通りの顔で部屋に戻るのだろう。
「あれが素だから、困るんやろなぁ」
なのはを護るフェイトは、呼吸するのと同じ位、自然に大切にしていて。
背中を見送るはやてはなのはに同情する。
「まぁ、とりあえずようやくゆっくりできそうやわー」
騒動の主とその原因である人物が去った自室の扉を閉めて、はやては
ソファーに腰を下ろした。
飲みかけの緑茶を一気に飲み干す。
熱々だったそれはすっかり冷めていた。
ソファーに背中を預け、肩を叩くはやての胸に嫌な予感がふと、過ぎる。
「…………ちょお待って」
夜中になのはが部屋を訪れた理由。
一杯一杯の我慢。
全力全開がモットーの性。
そして、全く気がついていない天然さんがお相手。
それらを足して掛けると、一つの答えが浮かぶ。
「とっととあの二人を引っ付けんと、私が大変。と、ちゃうか………?」
口にすると、嫌な予感が確信へと変わった。
今日は、何とかやり過ごしたが、原因を取り除いた訳ではない。
下手すれば明日も明後日も同じ事を繰り返す事になる。
しかも、同じ手が二度も通用するほど、なのはは優しい相手ではない。
明日からの毎日を考えたはやての体がゆっくりと傾く。
ぽすんと、音を立てて、ソファーが沈んだ。
「……寝よ」
呟いて、はやては瞳を閉じる。
「もう、今日は何も考えんで、寝よ……」
本日一番の厄介事をやり過ごしたはやては、考える事を止めた。
明日の事は明日考える事にして。
草臥れたはやては着替えもせずに瞳を閉じる。
仕事以外の、はやての心労はまだまだ続くらしかった………。
魔法って便利だねー…って、やり過ぎた感満載(爆)
この後、どう繋げる気なんだか(おいらにも解らん)←おい。