出動もない午後。
機動六課のオフィスは異様な雰囲気に包まれていた。
各々がデスクに着いて、真面目に職務をこなしているのだが何故か時
折手が止まる。
中には完全に手を止めて資料の同じページを何度も読んだりしている
者もいれば、パネルを眺めたまま今日の仕事を諦めている者もいた。
そして、一様に耳だけはフル可動している。
針の落ちる音すら聞き逃すまいと起動している耳は時折、その主の頬
を染めさせた。
その最たる者はティアナだ。
熱があるように顔は真っ赤に染まっており、隣にスバルが心配して様
子を窺うと無言で殴る始末。
ヴィータについてはデスクに頬杖を突いて呆れていた。
顔には諦めているというか、やってらんねぇというか。
ある種の慣れが見て取れた。
エリオとキャロは皆の様子がおかしいのに首を傾げては、どうしたん
だろう?と、二人で相談している。
そんなオフィスの全隊員の心を鷲掴みにしているのは、六課のエース
である隊長二人だった。
「ずるいよ。なのは」
「フェ、フェイトちゃんちょっと落ち着いて……」
詰め寄るフェイトに両手で壁を作ってなのはは後ずさりする。
「私は落ち着いてるよ」
「だったらもう少し離れてくれないかな?か、顔、近いからっ」
その間、10cm程度まで迫ったフェイトの顔に、両手で壁を作ってな
のはは止めた。
幼い頃から何度も間近で見ている顔だが、突然のアップは未だに心臓
に悪い。
「だって、なのはがずるいんだもん」
渋々少し距離を取って、フェイトは言う。
「1週間前に約束したよね?」
「……うん」
「だったら、今夜は私がするからね」
「だからちょっと待ってって!」
絶対にと意気込むフェイトに、なのはが焦る。
「その、まだ心の準備がね。出来ていないんだって」
「その台詞、私も言ったよ」
「うっ」
「でも、なのはは大丈夫だからって言って、私にしたよ。しかも背中から」
「えーと……」
突っ込まれたなのはの肩が縮む。
確かに、した。
今のなのはみたいに心の準備が、と逃げるフェイトを無理矢理押し倒した。
なのは自身もそれは覚えている。
「でも、私もなのはにしようと思ったら待ってって言うから。私、1週
間待ったのに」
「そうなんだけど。ほら、ヴィヴィオもいるし」
「私の時もヴィヴィオが寝てからだった」
「………そうですね」
ヴィヴィオを寝かしつけてから、フェイトとリビングに移動して。
それからなのはは、事に及んだ。
それはそれは楽しかったと思うなのはだが、逆になると話は別だ。
「だ、だけど。私、初めてだしっ」
「私も初めてだったよ」
確かにそうでした、となのはは思う。
「そ、それに初めてだと、体が熱くなって……痛い、って言うし」
「それは……うん」
なのはから視線を逸らして、フェイトは頷く。
「最初は、その…体、熱かったし。なのはが言うみたいに、ちょっと痛
かったけど……。でも、それは最初だけで、少したったら気持ち良くなっ
て、もっとして欲しいと思ったよ」
言う、フェイトの頬がほんのり朱に染まる。
「私は、なのはにも気持ち良くなって欲しいよ」
「……フェイトちゃん」
「だから、今夜、いいよね?」
「……わ、解った。その代わり、優しくして、くれる?」
「うん。ちゃんと優しく、するから」
上目遣いのなのはに優しく微笑んで約束するフェイトの後頭部がポコ
ンと叩かれた。
「痛っ」
誰かと思って振り返ると、何時来たのか、はやてが腕組みをして立っ
ている。
「はやて」
「はやてちゃん」
手には資料らしき物を丸めた棒を持っていた。
フェイトの後頭部を叩いた物体はこれらしい。
「はやて、急に叩くなんて酷いよ」
「やかましいわ。オフィスでなにアヤシイ会話しとんねん」
「アヤシイ話?」
「ふぇ?」
首を傾げて、なのはとフェイトは顔を見合わせた。
「はやてちゃん、私達そんな会話してないよ」
「しとるがな」
なのはをはやては一蹴する。
「今の会話は何やねん」
どう聞いても、アヤシサしかない内容だった。
しかもそれを繰り広げているのが、学生時代から知っている幼馴染み
の二人だ。
はやてにしてみれば、この上なくアヤシサしかない。
「何って……」
「お灸の話、なんだけど」
「…………………………お灸?」
繰り返す、はやてにフェイトは頷く。
「この間、なのはが実家に帰った時に貰って来たんだよ。1円玉くらい
の大きさで凸な形をした火を点けるだけの簡単な物なんだけど」
空中に指で凸を描きながらフェイトが言うと、オフィス全体から溜め
息が零れた。
「ん?」
「ふぇ?」
不思議そうにフェイトとなのはがオフィスを眺めるが、誰も視線を合
わせようとはしない。
「なのは、皆、どうしたんだろ?」
「さぁ?」
果てしなく原因を理解していない二人に、部下達に漏れず溜め息を突
くと、はやてはフェイトに続きを促した。
「………で、そのお灸がどないしたん?」
「あ、うん。私もお灸なんてやった事ないから待ってて言ったのに。な
のはってば無理矢理するんだもん」
言って、少し睨むようになのはをフェイトは見た。
「にゃはは。私も初めてだったから。とりあえずフェイトちゃんで試し
てみようかなって思ってやったんだけど」
頭を掻きながら、少し困ったようになのはは笑う。
「そうしたらフェイトちゃん、次は私の番だって聞かなくて」
「最初にそう約束したのになのは逃げるんだもん。仕事がまだあるから
来週ねって」
「だってフェイトちゃん、凄い熱そうだったし。それにぴりぴりして痛
いって言うから何か怖くなっちゃって」
「でも、それは最初だけで、慣れたら気持ち良かったよ。肩も解れたし」
「そうは言うけど……気持ち良いかは人それぞれだって言うし」
「それって、やってみなきゃ解らないよね?」
「うぅ。そうなんだけど……」
「なのはは教導もあって疲れてるんだし。絶対にしてみるべきだよ」
まだ躊躇するなのはを真剣にフェイトは諭す。
「……フェイトちゃんがそこまで言うなら……」
「うん。熱かったり、痛かったら直ぐに止めるから」
陥落したなのはに、フェイトは満足する。
「………一つ、聞いてもええか?」
黙って聞いていたはやてが口を開いた。
若干、こめかみが引き攣っているのは気のせいだろうか。
「ん?何かな、はやて」
「何でヴィヴィオが寝てからなん?」
「火を使うからだよ。お灸もかなり熱くなっちゃうから触ると火傷しちゃ
うし」
当然と言うフェイトに、はやての限界が来た。
資料がフェイトとなのはの頭を連続で叩く。
「痛っ」
「痛いよ。はやてちゃん」
頭を擦りながら視線で文句を言う、フェイトとなのはをはやては一喝する。
「やかましいわ!そんな話は部屋でやりっ!部屋でっ!!」
ほんのりピンクっぽい空気を散らすように、はやては資料を振り回す。
「フェイトちゃんは自分の席に戻って!」
「う、うん。……解った」
はやての勢いに飲まれて渋々と自席へと戻るフェイトは首を傾げてお
り、はやてがどうして怒っているのか全く解っていない。
それがはやての頭を痛くする。
目の前のなのははなのははで。
「あまり怒ると血管切れるよ?」
と、はやての体を心配する始末で。
行き場のない怒りで昏倒しそうな、はやてはとうとう頭を抱えた。
どうして、親友を二人共、部隊に呼んでしまったのだろうか。
何故、仕事は一流なのに、その他の事になると三流以下になるのだろうか。
何で、こんなにも天然な会話を素で繰り広げられる部下を二人も自ら
抱えてしまったのだろうか。
様々な後悔の念が寄せては返し、耐えきれなくなったはやてはとうと
う叫んだ。
「あ゛ーーーー!私の阿呆ーーーーっ!!」
夢だった筈の自分の部隊、機動六課。
仕事以外、のはやての苦労はまだまだ続きそうだった。
期待を裏切るSS。
あ、石は投げないで……。