「母さん?」
「リンディさんが、私とフェイトちゃんに、ですか?」
「ええ」
フェイトとなのはは顔を見合わせた。
何となく。
本当に何となくだけど、先日のラウンジを彿させる笑顔をリンディは
浮かべている気がフェイトとなのははする。
「場所は何所が良いかしら?」
言って、何枚かのパンフレットをリンディはテーブルに並べた。
パンフレットは、華やかに色とりどりの花で描かれた物もあれば、逆
にシックで清楚な雰囲気を押し出している物もあり、文字通り様々だ。
ただ、フェイトには一目では、何のパンフレットなのか解らなかった。
「母さん、これって何のパンフレットなんですか?」
「やあねぇ。結婚式場のパンフに決まってるじゃない」
「けっ!」
「結婚式場っ!?」
思わず耳を疑ったフェイトと同時に声を上げたのはなのはではなく。
何故かクロノだった。
「フェ、フェイト!なのはとの話はもうそんな段階まで進んでたのかっ!?」
「し、知らないよ!私だって初耳だよっ!!」
今日はなのはを紹介するという話までで、こんな相談があるなんてリ
ンディから一言もフェイトは聞いていない。
なのに、リンディはさも当然のようにパンフレットを開いた。
「やっぱり第1候補は聖王教会かしらね。色々とご縁もあるし」
小首を傾げるリンディに、エイミィが右手を上げる。
「私も賛成です。ヴィヴィオちゃんの事もありますし。それになのはちゃ
んとフェイトちゃんの結婚式なら色々とサービスもしてくれそうですし
ねー」
「そうねぇ。カリムさんやはやてさんに一度きちんと聞いてみようかしら」
「それ、いいですね」
和気藹々と当人を置いて、リンディとエイミィは話はどんどん膨らむ。
「ちょっ!母さん!エイミィも!勝手に話を進めないでくださいっ!」
他人の手で発展する自身の未来を、叫んでフェイトは止めた。
しっかりパンフまで用意しているのだから、リンディとエイミィは本
気だろう。
フェイト自身、何時かは…とは考えていたはいたが、それは今ではない。
少なくとももう数年先、もっと生活を落ち着いたら、なのはにそれと
なく話をしてみようかとぼんやり考える程度だった。
「あ、なのは……」
あまりの驚きに失念していたフェイトだったが、なのはにもかなりの
衝撃がある内容だ。
「な、なのは。これは、母さんとエイミィが勝手に」
なのはの驚きを少しでも取り除くために弁明しようとしたフェイトだったが。
「うわぁ。このウェンディングドレス可愛いー」
「って、何で馴染んでるのっ!?」
パンフレットを開いているなのはに、突っ込まずにはいられなかった。
「えー。だって本当に可愛いんだよ?」
言って、ほら、とフェイトになのははパンフレットを見せる。
「あ、本当に可愛い」
パンフレットに載っていたウェンディングドレスは、純白ではなく、
ほんのり桜色をしていた。
例えるなら、蕾が綻んだばかりと言ったところだろうか。
「なのはに似合いそうだ」
「本当?」
「うん」
「嬉しいな。ありがとう、フェイトちゃん」
これまた花が綻ぶような笑顔を見せるなのはに、フェイトも思わず微笑む。
「って、そうじゃないよっ!私っ!!」
釣られそうになる幸せな世界から慌てて現実にフェイトは戻る。
「母さん!私、そんな話があるなんて聞いてませんよっ!」
「そうでしょうねぇ。言ってないもの」
「いえ、言ってないもの。じゃなくてですねっ!」
さらりと計画的犯行だと物語るリンディに抗議を続けようとしたフェ
イトを、不意の打撃音が遮った。
振動でカタカタとテーブルが揺れる。
「ク、クロノ?」
音源はクロノだった。
テーブルに打ちつけた拳が震えている。
「……なのは」
「は、はい?」
低く唸るような声に、思わずなのははパンフレットを閉じた。
「フェイトとはもうそんな関係なのか?」
「ふぇ?」
「だから、フェイトとはもうそんな関係なのかと聞いてるんだ」
「えーと」
クロノが言う関係は、一般的には男女で行われる深い関係の事だろう。
「どうなんだ?」
「どうって聞かれましても……」
そんな特秘事項を人を殺しそうな視線で問われても、なのはは答えら
れない。
『なのは、言わないでよっ』
『言われなくても言えないって』
フェイトから飛んできた念話に念話でなのはは返した。
そこまでの関係じゃなかったら、違いますと簡単に言えるのだろうが、
そこまでの関係を持っていて、簡単に言える人がどれだけいると言うの
だろうか。
まして、こんな状態のクロノには冗談でも口には出来ない。
「どうなんだ?」
「え、っと」
「なのは、僕は怒るつもりはない。真実が聞きたいだけなんだ」
「…十分、怒ってるよ。クロノ君」
どう見てもクロノの怒りは頂点に達している。
下手な事を言えば、確実にリミッター解除だ。
かと言って、嘘はつきたくない。
どう誤魔化そうか。
愛想笑いを浮かべながら考えていると、フェイトが叫んだ。
「クロノ!それはセクハラだよっ!」
「……フェイトちゃん、ちょっとそれは違う」
火に油を注ぎそうな天然全開のフェイトになのはは溜め息をつく。
「そうよ、クロノ。そんな事を聞くのは野暮ってものよ」
「母さんっ!?」
含みのある口元を押さえるリンディに、フェイトは目を剥いた。
「母さんはフェイトとなのはの進展がどこまでなのか知ってるんですか?」
ゆっくりとリンディの方へクロノの視線が移動する。
「私も詳しくは知らないわよ」
『詳しくどころか何も話してませんよねっ!?』
念話でリンディにフェイトは抗議した。
しかし、返事はなかった。
ただ、静かにリンディは微笑むばかりだ。
「どこまでだって良いじゃないの。なのはさんはちゃんと責任を取って
くれるんだから」
クロノの怒りを何所吹く風と受け流すリンディに、なのはは瞳を瞬かせた。
「あれ?私がお婿さんの立場なんですか?」
どちらかというと、フェイトの方が旦那さんの理想に近しいと思って
いたなのはは、もう一度パンフレットを広げた。
「じゃあ、私じゃなくてフェイトちゃんに似合うウェディングドレスを
選ばないと駄目かなぁ」
「……なのは。どうしてそんなに落ち着いているの?」
ある意味、とても冷静ななのはに、フェイトは額を押さえる。
どうして、大切な人を紹介するだけの予定がここまでこじれるのか。
頭痛がしそうな収拾がつかない事態になりつつあるこの状況を更に盛
り上げるようにエイミィが喜々と参戦した。
「そうだよー。二人の仲を認めたなら、暖かく見守って、送り出してあ
げなよー」
「僕は交際は認めると言ったが結婚を認めるとは言ってないっ!」
「え?」
断言したクロノに思わず、フェイトは顔を上げた。
「駄目なの?」
「フェ、フェイト?」
口を閉じるのも忘れて、クロノはフェイトは見つめる。
「や、やっぱり……そういう事なのか?」
「あっ」
慌てて、フェイトは口元を押さえた。
「ち、違、違わないけど。そ、そうなったら良いなぁと思ってるけど、
でもまだお給料三ヶ月分とか用意してないしっ。だから……」
「フェイトちゃん、本音漏れてるよ」
なのはの突っ込みに一瞬、フェイトが言葉に詰まる。
「でも、そこまで考えてくれてるのは嬉しいな」
しかし、ほにゃり、となのはに微笑まれ、フェイトは唇を強く結ぶ。
一呼吸置いて、気持ちを落ち着けると、真っ直ぐにクロノを見据える。
「クロノ」
「……何だ」
「私、ずっとなのはと一緒にいるよ。結婚とかは、まだよく考えてない
けど……。でもなのはとヴィヴィオを一生護りたいって思ってる」
「……それは、決定事項なのか?」
「うん」
意志を持ってフェイトが頷くと、クロノの肩ががっくりと落ちた。
「おー。フェイトちゃん言うねぇー」
「クロノの負けね」
感心したエイミィが静かに拍手を送り、リンディは満足気に茶を啜る。
「フェイト」
呼ばれて、リンディをフェイトは見た。
「そこまで決めてるなら、もう私達は何も言わないわ」
「え?」
「あなたはあなたの大切な人と一緒に、自分の道を進んで行きなさい」
「ありがとうございます。……母さん」
幼少の頃に引き取ってくれたリンディは、母として、家族として。
何時だって深い愛情をフェイトに注いでくれた。
血の繋がりが無くとも家族になれると教えてくれたリンディがいてく
れたからこそ、今のフェイトがある。
生み出してくれたプレセアの事は勿論今でも母と思っているけれど、、
リンディもまたフェイトの母親に違いなかった。
『でも、結婚式の事はちゃんと考えておいてね』
感謝の念が止まない矢先に飛んできた念話にフェイトは苦笑して。
『はい』
一言、返事をした。
「さて。お話も済んだことだし」
これで終幕とリンディは両手を合わす。
「ここはもういいわ。フェイトの部屋で少し休んだらヴィヴィオちゃん
とあなた達の家に帰りなさい」
「え?でも、まだクロノが……」
言って、クロノをフェイトは見た。
完全に妹に負けたクロノは項垂れたまま現実に帰って来ていない。
「クロノは大丈夫よ。少し経てば元に戻るから」
心配いらないと、リンディは笑う。
「それにエイミィがいるもの」
つい、とリンディが視線を流したその先では、エイミィがさめざめと
泣くクロノを慰めていた。
「あーよしよし。クロノ君はフェイトちゃんが可愛いだけなんだよねー」
「僕は別にシスコンじゃなくて……純粋にフェイトが心配なだけなんだ……」
「解ってるよー。私はちゃんと解ってるよー」
初めて目の当たりにした兄の落ち込み具合に、自身に向けられる愛情
をフェイトは知り、同時に申し訳無い気持ちになる。
「フェイト、気にしなくて良いわよ」
フェイトの気持ちを読み取ったリンディは言った。
「でも……私のせいだから」
「良いのよ。いい加減、妹離れしなきゃいけないんだし。それに言い方
が悪いかもしれないけれど、良い予行練習だわ」
「え?」
「フェイトでこの調子でしょう?リエラの時はどんな事になるのか今か
ら不安でしょうがないもの」
「リエラは嫁にやらん!」
聞こえていたのか鬼のような形相でクロノが叫んだ。
「ね?だから放っておいて良いわよ」
「………はぁ」
リエラの年齢を考えるとお嫁さん話はまだまだ何年も先の話だけれど。
今のクロノを見ていると、少なくともテレビで見た事のある嫁に出す
父親になるのは想像に易い。
「フェイトちゃんもああなるのかな」
その様子をフェイトの隣で見ていた、なのはが考えるように呟いた。
「なのは、何の話?」
「ヴィヴィオがお嫁さんになる時のフェイトちゃんのお話」
「お、お嫁さんって。ヴィヴィオはまだ子供だよっ?」
「うん。でも、何時かはヴィヴィオも大切な人と出会うよ」
なのはがフェイトと出会ったのは9歳の頃だ。
自身の経験からすれば、ヴィヴィオも何時大切な相手と出会うか解らない。
もしかしたらもう学院で大好きな人が出来てる可能性もある。
「駄目っ!ヴィヴィオの相手はなのはと私が認めた人じゃないと駄目っ!!」
「…じゃあエリオとキャロは?」
「エリオとキャロも同じだよ!あの子達だって可愛い私の子供なんだから!!」
激しくを首を横に振るフェイトに、なのはは苦笑を否めない。
「あー…。フェイトちゃんはクロノ君と兄妹だねー…」
「……フェイト」
この兄にしてこの妹ありな、我が子達に孫達の未来をリンディは不安
に思う。
「とにかく、フェイトも部屋で少し休みなさい」
「で、でも」
「いいから。孫達の事はもっと先の話よ。お願いだから今からクロノ二
世にならないでちょうだい」
言って、フェイトの肩をリンディは押す。
「ほら、フェイトちゃん。リンディさんもああ言ってくれてるんだし。
お部屋に行こう?」
「う、うん」
まだ納得しきれないフェイトの手をなのはは引っ張った。
「なのはさん、フェイトを宜しくね」
「はい」
「子供達の将来の時もね」
「……………はい」
垣間見えた未来予想図になのはは苦笑いをする。
半ば追い出されるようにリビングを後にしたフェイトは、ぶつぶつと
呟きながらリンディとなのはに従って自室へ向かった。
「そうだよね……。ヴィヴィオも何時かはお嫁さんになるんだよね……。
エリオとキャロはもっと早いんだよね……」
「だからどっちも何年も先の話だってば」
「でも、あと何年かしたら来るんだよ?エリオとキャロなんてもう直ぐ
だよ」
「あのね」
半分冗談のつもりが、思いっきり真剣にフェイトは受け止めている。
自身がそのお嫁さんになるというかお嫁さんを貰うというかという立
場にいると言うのに完全に嫁に出す親の心境だ。
階段を昇りながら、失敗した、となのはは思う。
「しょうがないなぁ」
ふっ、と息を吐くと、フェイトの腕をなのはは引っ張っる。
「わっ!なのは危な……ん……」
崩れそうになるバランスを慌てて立て直すと、フェイトの唇はなのは
のそれで塞がれた。
「んんっ!」
一瞬、自身に何が起こったか解らなかったフェイトだが、唇の感触で
状況を理解すると、なのはの肩を押し返して、慌てて周囲を確認する。
幸いな事に、リビングに戻ったのか階下にリンディの姿はなかった。
逆に、階上からも子供達が降りてくる気配はない。
「な、なのは駄目だよ。こんな所で」
「目、覚めた?」
「え?」
何の事だろうと、首を傾げると、ついとなのはが人差し指を突きつける。
「いい。フェイトちゃん」
「う、うん」
「エリオもキャロもヴィヴィオも結婚なんてまだまだ先のお話。今から
気にしてどうするの」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「けど、じゃないの」
ぴしゃりと言われ、フェイトは口を噤む。
「それに、その時が来た時はきちんと祝福してあげる事が私達の努めだ
よ。私達がして貰ったようにね」
なのはの言う事はフェイトにも理解出来た。
今のフェイトとなのはの関係は周囲の協力や支えで成り立っている。
もしも、反対されたり、悲しませたりしていたら、一緒にいられても
何処かに後悔が残っただろう。
そんな想いを誰にもさせない為には、なのはが言うように、信じて送
り出すしかない。
「解った?」
「うん」
こくりと頷くと、満足そうに微笑んで、なのはは言う。
「あと、そんなに心配しなくても大丈夫。ヴィヴィオはきっと良い人を
連れて来るから」
「どうしてそう言い切れるの?」
未来の事など誰にも解らないのに。
何故なのはは言い切れるのか、フェイトは不思議に思う。
「だって、私とフェイトちゃんの子供だよ?きっと私達がびっくりする
位、恰好良い人を連れて来るよ」
「そ、かな?」
「そうに決まってるよ」
何故だろう。
先の事なんて誰にも解らない筈なのに。
なのはが言うと、信じられる。
「じゃあ、安心かな」
「うん。安心してて良いよ」
言って、あとね、となのはは続けた。
「エリオとキャロもね」
「うん。なのはが言うならきっとそうだね」
「あの二人に関してはそういう意味じゃないんだけど」
「え?」
ピンと来なくて、首を傾ぐと、なのはが肩を竦める。
「やっぱりフェイトちゃんは気づいてないんだ」
「なのは、どういう意味?」
「さて、どういう意味でしょう」
内緒と人差し指を唇に立てるなのはは、意地悪な顔をしていた。
「なのは。私には全然解らないよ」
それでも、気になって聞くと、楽しそうになのはが笑う。
「今度エリオとキャロに会った時に聞いてみるといいよ。きっと二人と
も吃驚するから」
「う、うん。解った……」
それは、つまりエリオにもキャロにも、もう大切な人がいるという事
だろうか。
しかし、今までそんな話はどちらからもフェイトは聞いた事がない。
フェイトよりもエリオとキャロに会う機会が少ない、なのはは一体、
何時知ったのだろう。
「二人が一緒の時を見てれば解ると思うんだけどなぁ」
「そうなの?」
「でも、気づかないのはフェイトちゃんらしいといえば、らしいかな」
くすくす笑うなのはは、褒めているのか、貶しているのか。
フェイトにはよく解らなかった。
ただ、こういう顔をする時のなのはは答えを決して教えてはくれない
事は知っている。
近いうちにエリオとキャロに会いに行こうとフェイトは思う。
二階に上がると、子供部屋は静かだった。
子供が三人もいるというのに、笑い声もしなければ、話し声もしない。
不思議そうになのはと顔を見合わすと、フェイトはそぅっと扉を開ける。
「あっ」
中を覗くと、天使が仲良く並んで眠っていた。
「皆、寝ちゃったみたいだね」
「うん。そうだね」
なのはに答えて、フェイトは微笑む。
遊んでいるうちに疲れてしまったのだろう。
部屋の中は玩具がそこかしこと散らばっていた。
その中心で、子供フォームのアルフを囲む様にリエラ、カレル、ヴィ
ヴィオが眠っている。
そっと部屋に入ると、フェイトはアルフの頭を撫でた。
燃費が良いからと会得した子供フォームはすっかり定着している。
けれど、心まで子供に戻った訳ではなく。
何時だって家族を護って、フェイトを思い、フェイトが自由に動ける
ようにと気を配ってくれている。
「アルフ、何時もありがとう」
静かに、フェイトはお礼を言う。
「フェイトちゃん」
呼ばれて振り返ると、ベッドからなのはが毛布を持って来ていた。
「もう少し、寝かせてあげよ」
「そうだね」
風邪を引かないようにと、毛布を掛けて、フェイトはヴィヴィオを見
つめる。
「ヴィヴィオ……」
あどけない寝顔は幸せな夢を見ているのか口元が微笑んでいた。
可愛いとフェイトは思う。
「大切な人を連れて来るのはなるべく遅くしてね」
「先の話、先の話」
誰にも渡さないと言うように抱き締めるフェイトの手からヴィヴィオ
をなのはは離す。
「そんなに抱き締めたらヴィヴィオが起きちゃうでしょ」
「あ、うん」
「ほら、もう行こ」
名残惜しそうなフェイトの腕を掴んで、なのはは子供部屋を出た。
そのまま勝手知ったる他人の家と、真っ直ぐフェイトの部屋へと向かう。
「もぅ。納得してくれたんじゃなかったの?」
「頭では解ってるんだけど。やっぱり気になっちゃって……」
「先が思いやられるなぁ」
クロノと全く同じ行動をするフェイトに、なのはは軽く頭痛を覚えた。
「そんな事ばかり言ってると」
くるりと身を翻して、フェイトとなのはは対峙する。
「ここで、もう一度、目覚ましをするよ?それももっと深いの」
「ごめんなさい。もう言いません」
部屋の中ならともかく。
部屋の前の廊下では遠慮したいフェイトは両手を挙げて降参した。
「宜しい」
腕を組んで、頷くなのはに想像したくない未来を考えないようにして
フェイトは自室の扉を開ける。
「そういえば、なのはがこの部屋に来るのって久しぶりだね」
フェイトが実家に住んでいた頃、なのははよく訪れていた。
けれど、フェイトが一人暮らし始めてからは、必然となのはがハラオ
ウン家を訪れる事は少なくなり、最後に招いたのはもう何ヶ月も前だ。
「だって、フェイトちゃんがいないのに私だけ来るのもおかしな話じゃ
ない?」
「それもそうだね」
もしそうだったらそれはそれで吃驚だ、とフェイトは笑う。
「でも、フェイトちゃんのお部屋、全然変わってないね」
久しぶりのフェイトの部屋を見回して、なのはは言った。
「母さんやクロノが何時でも帰って来れるようにって残してくれてるんだ」
言って、ベッドに腰掛けたフェイトは、肩の力を抜く。
「フェイトちゃん、疲れた?」
「うん。ちょっと疲れた、かな」
「リンディさん凄かったもんね」
笑って、フェイトの隣になのはは腰を下ろす。
「まさかあんな話が待ってるなんて思わなかったよ」
サプライズというよりも、どっきりだったリンディの企みは、かなり
心臓に悪かった。
「本当だよねー。私も吃驚した」
「そうなの?」
意外そうに聞くと、逆に意外そうな、なのはに見つめ返される。
「どうして疑問系かなぁ?」
「だって、なのは楽しそうだったから」
「吃驚はしたよ。ただ折角だしと思って乗っちゃっただけ」
「そ、そうなんだ」
その順応性は凄いとフェイトは思う。
「それに私よりもクロノ君の方が吃驚してたからってのもあるかな」
「あぁ……」
あの場にいた誰よりも、それこそ当人達よりも一番クロノがテンパっ
ていた。
「あんなクロノ、初めて見たよ」
「私も。見ててクロノ君には悪い事しちゃったなぁって思っちゃった」
「どうして?」
「だって」
ふと微笑んで、フェイトの首に腕を回して。
「可愛い妹さんを取っちゃったんだもん」
頬にキスを一つ、なのはは落とす。
「……それは、私も一緒だよ」
なのはにも兄と姉がいる。
まだ高町家には挨拶に行ってはいないが、なのはを離すつもりがない
以上、同罪だ。
「そっか。フェイトちゃんも一緒だね」
耳元で笑うどこか楽しそうな、なのはの背にフェイトは腕を回す。
「うん。一緒だ」
自分の家族は大切で、なのはの家族も大切にしたいけれど。
一番愛しい相手が、この腕の中にいる。
悪いと思っても、申し訳無いと思っても、離せない。
なのはだけは譲れないと、フェイトは抱き締める。
「あ、そういえばフェイトちゃん」
「ん?何?」
ふと、肩口で話を始めるなのはに、フェイトは腕の力を緩める。
「フェイトちゃんはどっちが良い?」
「どっちって?」
「高町の姓を名乗るのと、ハラオウンの姓のままでいるのと、どっちが
良い?」
「…………え?」
こてんと首を傾ぐように問うなのはに、フェイトの思考は停止した。
「ほら、リンディさんは私にハラオウンの姓を名乗らない?って誘って
くれたけど。フェイトちゃんの意見は聞いてなかったから」
「ええっ!ど、どっちって聞かれても!」
全く考えもしなかった問題をポンと問われて、フェイトは慌てる。
「私は別にハラオウンになっても構わないんだけど。なんか私がお婿さ
ん的な立場みたいだから。フェイトちゃんをお嫁さんに貰った方が良い
のかな」
「え!や、あの、なのは!?」
「そうすると、フェイト・T・高町かフェイト・T・H・高町になるんだよ
ね。うーん。ちょっと長い気がするなぁ」
改めてなのはの口から言われると、恥ずかしさは倍増で。
フェイトの顔が真っ赤に熟れる。
「やっぱり私がなのは・ハラオウンになった方がすっきりするよね。ヴィ
ヴィオ・ハラオウンもおかしくないし」
すっきりとかおかしくないとか、そういう問題じゃないとフェイトは
思う。
けれど、なのはは気にならないらしく。
「それで、フェイトちゃんはどっちが良い?」
けろりとした顔でフェイトに聞いた。
「ど、どっちって、言われても」
ハラオウンの姓は大切だけれど、テスタロッサと同様にイニシャルを残
すような形にしてもフェイトは構わない。
逆に、なのはがハラオウンの姓を名乗りたいと言うならそれで良いと
思う。
「わ、私は……なのはとヴィヴィオの傍にいられるなら、どっちでも、
良いよ……」
素直に吐露すると、なのはの瞳が瞬いた。
「そっか」
「……うん」
ふわりと細まる瞳にフェイトは頷く。
どちらがどちらの籍に入るかなんて、本当はそんなに重要ではない。
額を合わせて、瞳を見つめて。
「フェイトちゃん、大好きだよ」
愛しそうに名前を呼んでもらえて。
「私も…なのはが、好きだよ」
愛しい名前を呼べる。
これ以上の幸いはないと、フェイトは思う。
だから、一つだけ。
「なのは」
「ん?」
なのはに確認したい事が、フェイトにはあった。
「私、頑張ったよね?」
「ふぇ?」
「へたれさん、なんて呼ばない、よね?」
間近で真剣に問うと、一度、二度となのはの瞳が瞬き。
次の瞬間、なのはは笑い出した。
「な、なのは?」
「フェイトちゃん、まだ気にしてたんだ」
「そ、そりゃ、気になるよっ」
ツボに入ったのか、本気で笑い出すなのは、フェイトは真顔で言う。
「だって、なのはには、名前で呼んで欲しい、から」
頬を赤らめて、呟くように言うと、ぴたりと笑いが止んだ。
なのはの両手がフェイトの頬を包む。
「大丈夫。フェイトちゃん、凄く格好良かったから」
「本当?」
「うん。ドキドキしちゃった」
照れたように笑う、なのはの頬も紅に染まっていて。
言葉よりも、嘘じゃないと言っていて、フェイトは安心する。
「でも、子供達の事だけは、少しへたれさんかも」
「えっ!?」
褒められた矢先に落とされた感想に、フェイトは焦った。
「だけど、そんなところも大好きだから」
言って、ちょんと、軽くなのはは口付ける。
「フェイトちゃんは、フェイトちゃんのまま、だよ」
ようやく、もの悲しい呼称から解放されたフェイトは嬉しそうになの
はを抱き締めた。
「これからも名前で呼んでね。なのは」
「うん。フェイトちゃんもね」
ずっと先の未来まで、変わらない誓いを立てるように。
約束と囁いて、フェイトはなのはにキスをした。
どちらの姓に落ち着くかはお好みで(笑)
そして、クロノ君ファンの方。本当にすいません(平謝り)
なのはさんとフェイトさんの温度差が書いてて楽しくて仕方なかったです。