「以上が今回の任務の報告となります」
言葉を切り、フェイトは敬礼した。
ここは、本局のとある一室。
2週間の長期任務を無事に終えたフェイトは任務の大まか報告を済ま
せたばかりだった。
「ハラオウン執務官。長期任務ご苦労だった」
報告の相手は、クラウディア艦隊の艦長。
フェイトの義兄であるクロノ提督だ。
しかし、今は兄妹としてではなく、上司と部下としての立場で話している。
お互いに仕事の顔で、口調も固い。
「報告書は1週間以内に提出してくれ」
「了解しました」
「では現時点をもってフェイト・T・ハラオウン執務官は3日間の休暇とする」
「ありがとうございます。休暇に入らせて頂きます」
再度、敬礼をしてフェイトは予定通りの命令を受け入れた。
「それでは失礼致します」
「あぁ、そうだ。フェイトちょっと待ってくれ」
フェイトが勤務から外れたからだろう。
クロノの態度は家族間の遠慮のいらない雰囲気に変わっていた。
「休暇に入って直ぐで悪いんだが、時間を少し取れないか?」
同様に、フェイトの口調もまた家族のそれに変わる。
「夕方までなら空いてるよ」
今日の帰還をなのはに伝えてあるフェイトは、夕方から会う約束をし
ている。
それまでは、細かい雑務で時間を潰すつもりでいた。
「十分だ。一階のラウンジで母さんが待ってる。会ってってくれ」
「え?母さんが来てるの?」
「今日フェイトが帰って来ると言ったら会いたがってな。疲れてる所済
まないが、顔を見せてやってくれ」
艦を降りて地に足を着けたとはいえ、統括官であるリンディは多忙な
日々を送っている。
最後に会ったのは一ヶ月以上前になる。
それも局内で偶然会っただけで、直ぐにリンディは仕事に戻ってしまった。
そのリンディがわざわざフェイトの帰還に合わせて会いに来てくれたのだ。
疲れていても、迷惑だとは少しも思わない。
「私も母さんに会うの久しぶりだから嬉しいよ。ありがとう、お兄ちゃん」
笑顔で言うと、クロノの顔が真っ赤に染まった。
「お、お兄ちゃんはやめろって言ってるだろ」
何年経っても、兄と呼ばれるのは苦手らしく。
呼ぶ度に、クロノは顔を真っ赤にする。
嫌な訳ではなく、ただ照れているだけだと解っているから、あまり呼
ばないようにしているけれど。
「でもクロノは私のお兄ちゃんだよ」
それでも、たまには兄と呼びたいとフェイトは思う。
「……母さんが待ってる。もう、行け」
「うん」
咳払いをするぶっきらぼうなクロノに微笑んで、フェイトは部屋を後
にした。
提督室を出たフェイトは、真っ直ぐにエレベーターに向かう。
一階まで一気に下り、局の入り口付近に設置されたラウンジへ足を急
がせる。
ラウンジには、何人かの局員の他に、民間と思しき私服の人が数名、
各々席に着いていた。
外に面した硝子張りの壁から暖かい陽光が差し込んでいる。
その光の恩恵が受けられる席の一つ、最も見晴らしが良い席にリンディ
は座っていた。
「母さん」
「フェイト」
リンディの下に駆け寄ると柔らかい音で名前を呼ばれる。
自然とフェイトから笑みが零れた。
「お待たせしてすみません」
「良いのよ。急に来たのは私の方なんだし」
リンディに向かいの席を薦められてフェイトは腰を下ろす。
タイミングを計って注文を聞きに来た、ウェイトレスにコーヒーとだ
け告げ、リンディにフェイトは向き直った。
「お久しぶりです。母さん」
「元気そうね」
「はい。お陰様で」
「お仕事の方はどう?」
「少し大変ですけど。順調です」
「そう。良かった」
にっこりと笑うリンディに、はにかむような笑顔をフェイトは返す。
そのまま、聞かれるままに近況報告をしていると、コーヒーが運ばれ
て来た。
ありがとう、と礼を言ってフェイトは受け取る。
「母さんの方はどうですか?」
「そうねぇ。私の方も仕事は順調なんだけど。ずっと気になってる事が
あるのよねぇ」
「まさか、家で何かあったんですか?」
最近は帰って来ても実家にはあまり顔を出していない。
アルフから定期的に通信は受けているものの、伝えられないような事
があったのかと、フェイトは不安に思う。
「どちらかというと逆かしら」
「え?」
「何もないから気になってるのよ」
「はぁ……」
リンディの話を聞く限りでは幸いな事に実家は至って平温のようだ。
しかし、小首を傾げるように溜め息をつくリンディは、それが不満だ
と言っていて。
いまいちフェイトには理解しきれない。
「ねぇ、フェイト」
「はい」
「何時、私達になのはさんを紹介してくれるのかしら?」
「え?」
意味が解せず、フェイトは瞳を瞬かせた。
リンディはなのはの事を知っている。
地球にいた頃は、フェイトもなのはもお互いの家を当然のように行き
来していて。
所謂、家族ぐるみの付き合いをしている。
魔導士の話や仕事の説明をなのはの家族にしてくれたのもリンディだ。
なのに、どうして今更紹介する必要があるのだろうか。
「その様子じゃあ、まだなのはさんのご両親にもお話してないわね」
「え、えと」
なのはの両親どころか、リンディが言わんとする事すらフェイトには
見えない。
「駄目よ。こういう事はきちんとしなきゃ」
「……ごめんなさい」
何か落ち度があって怒られたと考えたフェイトは謝る。
「特になのはさんのご両親は、簡単にこっちに来れないんだから」
「そう、ですね」
魔法概念の無い地球は、局の監視外の世界に当たる。
フェイトやなのはが地球に行く事は出来ても、その逆となると色々と
手続きが必要だ。
万が一、なのはに何かあったとしてもリンディがフェイトの元に来る
ようにはいかない。
「気をつけます」
「解って貰えれば良いわ」
言って、にっこりとリンディは微笑む。
「それじゃあ、話を戻すけれど」
「はい」
「何時、紹介してくれるのかしら?」
「紹介…と言われましても。母さん、なのはの事はご存じですよね?」
「ええ。よく知ってるわ」
「紹介する必要はないんじゃないんですか?」
至極尤もなご意見に、今度はリンディが首を傾げた。
そのまま視線を上に流すように考えて悟った瞳が、ぽむと手を打つ。
「あぁ、ごめんなさい。私の言い方がまずかったわね」
言って、笑うリンディから、ようやく本筋が聞けそうで。
安心したフェイトは、コーヒーに口を付る。
「フェイト」
「はい」
「何時、なのはさんを恋人として紹介してくれるの?」
「ぶふっ!」
思わず、コーヒーをフェイトは吹きそうになった。
「かかか母さんっ!?」
まさか本筋がそんな話だとは思ってみなくて。
思いっきりフェイトは動揺した。
「いきなり何を言い出すんですか!?」
「だって、ずっと待ってるのになかなか連れて来てくれないんですもの。
もう気になっちゃって気になっちゃって」
「き、気になってる事って……それなんですか?」
「そうよ」
あっさりと言い放つリンディに、フェイトは頭を抱えた。
大事でもあったかと心配した分だけ脱力感が大きい。
最もこれはこれで、フェイトにとっては重大な事ではあるけれど。
この展開は予想外だった。
それに、なのはとの事はまだリンディには話していない。
何れは話すつもりでいたが、少なくともこんな形で話すつもりはフェ
イトにはなかった。
「あ、あの。母さん…」
「なぁに?」
「わ、私となのはは、別に、その」
「フェイト」
「は、はい」
「その言い訳が私に通用すると思ってるの?」
にっこり笑うリンディの微笑みは、全てを見透かしていて。
ついでに、嘘は許さないとも瞳が語っていて。
「………いえ。思ってません………」
項垂れたフェイトは観念した。
とはいえ、直ぐにリンディの期待に応えられるような状態でもない。
それに、幾つか確認したい事もあり、長い息を吐いてリンディにフェ
イトは問う。
「何時から……知ってらしたんですか?」
「何時からもなにも。中学校の卒業を控えた頃かしら?フェイト、随分
暗い顔してた時期があったわよね?」
リンディのいう時期は覚えがあった。
卒業すればその頃のようになのはに会えなくなると、寂しく思っていた。
それより何よりも、想いを抱えきれなくなり始めていたのが、丁度そ
の頃だったとフェイトは思う。
「それから少しして、今度はもの凄く幸せそうな顔をするようになって」
想いを告げて受け入れて貰えた頃かなと、記憶と照らし合わす。
「フェイトの話になのはさんの名前が上がる率が凄く増えたのよねー」
解りやすかったと言う、リンディにフェイトの頬が赤く染まった。
そんなつもりはフェイトには全く無く、リンディが言う通りならば完
全に無意識だ。
「それにほら。今でも任務から帰って来ると、直ぐになのはさんの所に
いっちゃうじゃない」
もうフェイトには何も言えない。
何日も、長いと一ヶ月以上も会えないのだから、帰って来たら当然真っ
先に会いたいと思う。
だから、帰還の日程が解れば連絡を入れ、会えるようにお互い仕事を
調整をしている。
「それに雰囲気って言うのかしらね」
「ふ、雰囲気ですか?」
「ええ。なのはさんのお話をする時のフェイトは、とても幸せ一杯の雰
囲気になるのよねー」
実際、幸せなのだから仕方ない。
けれど、そんなに他人から見ても解る程だとは思ってもみなくて。
少し色々と考えようと、コーヒーをフェイトは啜る。
「なのにフェイトったら。ヴィヴィオちゃんっていう子供もいるのに連
れて来てくれないんですもの」
「あ、あの。ヴィヴィオの保護者はなのはであって、私はただの後見人
でしかないのですが」
「似たような者じゃない」
「………え、と」
さっくりと一括りにするリンディに、もうフェイトは苦笑いしか浮か
べられなかった。
「お陰で、私の痺れが切れちゃったわ」
「す、すみません……」
呆れるリンディに、ふと思い立った事をフェイトは問う。
「…母さん。もしかして今日はそのお話をするために、私を待っていた
んですか?」
「そうよ。だって我慢出来なくなっちゃったんですもの」
「……そうですか」
もう少し我慢をして欲しかったなぁ、とフェイトは遠い目をした。
「フェイトはなのはさんと、ずっと一緒にいるつもりなんでしょう?」
「それは………はい」
こくりとフェイトは頷く。
なのはと一緒歩んで行く覚悟はとうに出来ている。
そして、なのはもそれを望んでくれている。
恐らく、リンディにそういう意味で紹介する事になのはも依存はない
だろう。
ただ、時期というか心の準備というか。
せめて、なのはと話し合う時間が欲しかったとフェイトは思う。
「私はフェイトとなのはさんの事を反対するつもりもないわよ」
「……母さん」
その気持ちは、凄く嬉しい。
同性同士である以上、地球ほどでないにしても一般よりは覚悟がいる。
それをありのままに受け入れてくれるというのは、感謝してもしきれない。
けれど、家族はリンディだけじゃない。
「あの。クロノやエイミィは知ってるんでしょうか」
「知ってるわよ。というより気づいてるわよ」
やはり、とフェイトは思う。
リンディが急かしに来たという事は家族全員が知っていてもおかしく
はない。
「…反対はして、ないんですか?」
「エイミィは私と一緒で手ぐすね引いて待ってるわ」
それはそれで怖いと、フェイトは思う。
「クロノは……まぁ渋い顔はしてるわねぇ」
「え?」
本当の兄のように慕っているクロノは一番の常識人だ。
やはり同性同士の恋愛は反対なのだろうか。
「大丈夫よ。あれは単に可愛い妹を取られるのが嫌なだけだから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。お相手がなのはさんだから渋い顔で済んでるけど。もし他の人
だったら提督権限でどっかに飛ばしちゃってるわよ」
「それは職権乱用と言うんじゃ……」
「そんな小さな事は気にしちゃ駄目よー」
「いえ。十分大きな事だと思いますけど」
人の人生を左右しそうな人事異動に、つい提督としてのクロノの立場
が心配になる。
しかし、反対されている訳じゃないのを嬉しくフェイトは思う。
「安心した?」
顔に出ていたのだろう。
覗き込むように問われ、思わず一瞬、答えに詰まる。
けれど、今更取り繕っても意味はなく、取り繕ろわなければならない
理由もなくて。
「……はい」
素直にフェイトは答えた。
「それで何時、紹介してくれるのかしら?」
「あ、あの。何時、と言われましても……」
早急に返事を求めるリンディにフェイトは焦った。
家族の反対がないと解ったからと言って、今直ぐに決められる事でもない。
フェイトだけの問題ではないのだ。
少なくとも、なのはと話をして了承を得なければ、話は進められない。
最も、なのはの性から言って吃驚はしても断りはしないと解ってはい
るけれど。
本人のいない間に明確な日取りは決める訳にはいかない。
「と、とりあえずなのはにも聞いてみないと……」
何とかこの場を逃れようと、一般的に最もな理由を並べようとした瞬間。
「あ、やっぱりフェイトちゃんだ」
もの凄く聞き覚えのある声がフェイトの背筋が震えた。
「もう帰って来てたんだ。お帰りなさい、フェイトちゃん」
ゆっくり声の方向へ振り返ると間違える筈のない、なのはが歩いて来る。
「な、なのはっ!」
帰還前から待ち望んでいた再開を、最悪のタイミングで迎えたフェイ
トの頬が引き攣る。
「な、何で此処に?まだ仕事中だよね?」
「うん。たまたま書類の提出に来たの。そうしたらフェイトちゃんっぽ
い人がいたから、来てみたんだけど」
当たった、と嬉しそうに笑うなのはに、フェイトの心中は穏やかではない。
ただコーヒーを飲んでいただけなら、一も二もなく両手を挙げて喜ん
でいる。
けれど、如何せん今はリンディが一緒にいる。
しかも、紹介しろと急かされていた最中だ。
そんな時に渦中のもう一人が登場となれば、どうなるか。
「なのはさん、こんにちは」
「こんにちはリンディさん。ご無沙汰してます」
丁寧に挨拶するなのはに、リンディの笑みが深くなる。
その笑みが、とてもフェイトは怖い。
「か、母さん。あの……」
「なのはさん」
「はい」
「ハラオウンの姓を名乗ってみたいとか思わない?」
「……………はい?」
「ちょ!母さん!!」
直球ど真ん中の質問に、フェイトは目を剥いた。
「どうかしら?」
「え、えと。リンディさん、それはどういう……」
「なのは!答えないでっ!!」
「ふぇ?」
状況が把握出来ないなのはが、リンディとフェイトを交互に見る。
「フェ、フェイトちゃん。なんかよく解んないんだけど」
「あ、後で説明するから!」
なのはの手を取り、背中で隠すように引き寄せると、リンディにフェ
イトは頭を下げた。
「か、母さんごめんなさい。私、お先に失礼します」
「気にしないで。フェイトもなのはさんと積もる話もあるでしょうしね」
ウインクするリンディに、フェイトの顔が真っ赤に熟れる。
「フェイトちゃんいいの?久しぶりにリンディさんとゆっくりしてたん
でしょ?」
二人の邪魔をしてしまったと思ったのだろう。
心配そうになのはが耳打ちする。
「い、いいよ」
「でも」
「ほんと大丈夫だから」
なのはに返して、こくりとフェイトは息を飲む。
「か、母さん」
「ん?」
「近いうちになのはを連れて家に帰ります。クロノとエイミィにも伝え
ておいて下さい」
「何で私もっ!?」
自身を指して驚くなのはの声を聞きながら、しっかりとリンディの瞳
をフェイトは見据える。
満足気な笑みがリンディに浮かんだ。
「待ってるわ」
「それじゃあ、また近いうちに」
もう一度頭を下げると、なのはの手をフェイトは引く。
「行こう。なのは」
「行こうって、全然訳解んないだけど!ちょ、フェイトちゃんってば!!」
足早にラウンジを後にしようとするフェイトに引っ張られながら、な
のはは慌ててリンディに叫んだ。
「リ、リンディさんごめんなさい!よく解らないけど私も近いうちにお
家にお邪魔するみたいですっ!」
「はーい。楽しみにしてるわー」
にこやかに手を振るリンディに引き摺られるような形でフェイトに連
れられながらも、なのはは頭を下げた。
ラウンジから姿が見えなくなっても暫く、なのはの抗議がリンディの
耳に届いてくる。
しかし、それも徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
静かにリンディがお茶を啜る。
「若いって良いわねー」
しみじみと呟くリンディは、とても爽やかな笑顔をしていた。
フェイト・T・高町が主流の中。
あえて逆の、なのは・ハラオウンでいってみたっ!