新設された機動六課に正式な出向命令が出た数日後。
はやてに案内されて、フェイトは宿舎の部屋の下見に来た。
「良い部屋だね」
「せやろ。期待しとる隊長さん達のためやからね。頑張って造らし
て貰ったわー」
入り口で部屋を見回したフェイトの素直な感想にはやては満足気
に頷く。
「ありがとう。はやて」
「ええって。ささ、中も確認したって」
「うん」
はやてに促されて、フェイトは部屋の中に歩む。
途中でクローゼットの大きさやキッチンの設備を確認したフェイ
トは、部屋を区切る扉を開ける。
そこは洗面所兼脱衣所となっていた。
脱衣所の奧は磨りガラスの扉があり、浴室へ続いている。
「お風呂も付いてるんだ」
ユニットバスではなく、ゆったりとお湯に浸かれるお風呂場をフェ
イトは嬉しそうに覗く。
「他の部屋は付いてへんけどな」
「そうなの?」
「あ、各部屋シャワーは浴びられるようにしてあるで。でも風呂桶
はこの部屋と私の部屋だけや」
「そうなんだ。でも、どうして?」
「宿舎自体に大風呂は造ってあるし。私らの世界以外はあまりお湯
に浸かる習慣があらへんみたいやしな」
「そっか」
色々な世界の住人が住んでいるミッドではあるが、どうやら湯船
に浸かる習慣は、はやてやなのはが生まれ育った世界、しかも日本
に限定されているらしい。
「それに、なのはちゃんは特に部屋風呂が必要かと」
「私もお湯に浸かるの好きだよ?」
「あー、せやね。フェイトちゃんもお風呂好きやもんね」
「うん」
フェイトも日本で暮らしているうちに湯船に浸かるのが気に入っ
たのははやても知っている。
しかし、純粋にお風呂が好きなフェイトと、そこに困る理由があ
るなのはでは必要の意味が違う。
「お風呂はもうええやろ。次、行こか」
その意味を知っているはやてはこれ以上突っ込まれる前にとフェ
イトを先に促す。
浴室を後にしたフェイトはキッチンの設備、クローゼットの大き
さ等を丁寧に確認して行く。
そして、寝室への扉を開けた。
その様子を後ろからはやては静かに窺う。
「はやて」
「ん?」
「大きなベッドだね」
「せやろ」
「でも、私となのはで相部屋って言ってなかったかな?」
「言うたよ」
「ベッドが一つって事は、私となのはは一緒に寝るって事?」
「その為のキングサイズやと思って」
「そっか」
今、フェイトがどんな表情をしているのかは、後ろ姿しか見えな
いはやてには窺い知れない。
ただ、幾ばくか思う所があるらしく、何かを考えているような雰囲
気だ。
「なのはちゃんと一緒に寝るのは嫌か?」
「ううん。そんな事ないよ」
言って、フェイトはベッドに腰掛けた。
スプリングの効いたベッドが少しだけ沈む。
「なのはは、もうこの部屋を見たかな?」
「まだやけど。二、三日中は来る言うてたで」
「そっか」
言って、またフェイトは考える。
その表情は、躊躇っているような困惑しているようにも見える。
「フェイトちゃん、何か困る事でもあるんか?」
「私はないけど」
「ないけど?」
「なのはは…嫌がるかな、と思って」
「何で?」
「うーん。中学生になった位の頃から、かな。お泊まりしてもなの
は、一緒に寝てくれなくなったから」
「あー……」
なるほど、とはやては納得した。
丁度それ位の頃に、なのはからフェイトの事で相談された覚えが
はやてにはある。
相談の時期と一緒に寝なくなった時期が一緒という事は、つまり
そういう事で。
好きな相手と平常心で一緒に寝られる程、なのはの精神は強くな
かったようだ。
「ちなみにフェイトちゃんはその理由を聞かへんかったの?」
「聞いたけど教えてくれなかった」
素で、何でだろ?と言うフェイトに、はやてはなのはに同情した。
こんな純粋な瞳で聞かれたら、言えるものも言えないだろう。
「にしても、これは時期尚早やったか…?」
六課への出向はあくまで仕事がメインだ。
けれど、なのはとフェイトには良い機会でもあると、はやては考
えていた。
フェイトは海の執務官で、なのはは空の教導官だ。
二人が毎日のように連絡を取ったり、休みが重なれば会っている
のも知ってはいるけれど。
どうしても時間は限られる。
だからこの機会を物にしろと、なのはとフェイトを同じ部屋にした。
ついでに、自腹を切ってキングサイズのベッドまで用意してみた
が、どうにもなのはの想いがフェイトに伝わらなさ過ぎている。
想定以上のフェイトの鈍さにはやては焦った。
危険な任務が伴う管理局では、休息も仕事のうちだ。
フェイトはともかく。
なのはは任務に支障をきたしかねない可能性がある。
一歩間違えれば最悪の事態になる事も有り得るだろう。
計画を中止して、もう少し様子を見た方が良いかもしれない。
暫らく考え込んだ末、はやては妥協案を口にした。
「しゃあない。なのはちゃんが嫌がったら私と相部屋になってもら
うかな」
「駄目っ!」
フェイトの声にはやては目を瞬かせた。
「フェイトちゃん?」
「はやてとなのはが一緒の部屋なんて駄目だよ」
「何で?」
「だって、はやては、なのはに…その、変なことしそうだから」
「変なことって…何もせぇへんよ」
「でも、なのはが嫌がる事とかしそうだし」
「親友相手にそないな事せぇへんって」
「胸も触らない?」
「それは…………せぇへん、と思う」
「やっぱり駄目」
「ええやんかそれ位。アレやらソレやらするつもりはあらへんし」
「アレとかソレとかって。……はやて、なのはに何をする気だったの?」
「あ、こっちの話。気ぃせんといて」
フェイトから視線をはやては逸らす。
つい無粋な事を口走ってしまったと口元を押さえてはやては反省
する。
「……もしも、だけど」
すると、低く唸るような声がはやての耳に届いた。
「なのはの嫌がる事をしたら」
「フェ、フェイトちゃん?」
「はやてが相手でも私は許さないよ」
恐る恐る振り返ると、紅の瞳がはやてを一直線に射貫いていた。
フェイトの魔力が高まり、手元に金色のデバイスが光る。
「ちょっ!」
本能が恐怖に震えた。
背中に戦慄が走って戦慄いたはやては早口で言う。
「せえへん!なのはちゃんが嫌がる事なんかせえへんってっ!って
いうか私となのはちゃんが同じ部屋になる事はあらへんからっ!!」
「本当に?」
「ほんまほんま。マジやから信じたって!」
「ならいいけど……」
静かにフェイトの魔力が小さくなり、デバイスがジャケットのポ
ケットに仕舞われた。
紅の瞳の光が和らぎ、落ち着きを取り戻す。
「ヤバイ地雷を踏むとこやった……」
日頃、穏やかなフェイトが怒るのは大切な者を護る時だけ。
その対象は家族であったり、被保護者であったりと様々ではある
けれど。
なのはの時は他の誰とも異なる尋常ではない怒り方をする。
率直に言えば、ブチキレる。
「ほんまになのはちゃんの事、大事なんやねぇ」
「大事だよ」
「…好きなん?」
「好きだよ」
「一番?」
「うん」
「……即答やね」
「本当の事だから」
どうして、これで二人の関係が進まないのだろう。
もういっその事、なのはの想いも全部ぶちまけたい衝動にはやて
は駆られた。
しかし、それはやってはいけない事。
二人で歩むのが恋愛だと、自分に言い聞かせてはやては堪える。
「はやて、他に部屋は空いてないの?」
「空いてへん事はあらへんけど。万が一、本局に応援を要請した時
とかの為に空けときたいんよ」
「じゃあ、私がはやてと一緒の部屋でもいいよ」
「あ、それは勘弁して」
「どうして?」
「申し出は嬉しいんやけどな。ちょーーっと命の心配があるという
か、お話をされそうな気がするというか。とにかく勘弁して」
「よく解らないけど…、都合が悪いのは解った」
小首を傾げながら納得するフェイトに苦笑いをして、壁に額をは
やてを預けた。
「……何やねん。この前門の虎、後門の狼な展開は」
ちょこっと親友の恋の手助けをするつもりが、何時の間にか自分
の命が掛かっている。
今まで色々な任務を、はやてはこなしてきた。
それこそ、命掛けだった事もある。
なのに親友が相手の、たかだか部屋割りという単純な問題が、一
番命の危機になるのは何故だろう。
「とにかく何とか現状打破せんと」
こんな小さな事で、親友に命を取られるのは御免被りたい。
真剣にはやては思考を巡らす。
「せや!」
「ん?」
「なのはちゃんとヴィータで相部屋ならどや!?」
「ヴィータと?」
「そうや。隊長と隊員を同じ部屋にする訳にはあかんしな。せやけ
どヴィータなら副隊長やし私の守護騎士や。問題あらへんやろ?」
脳裏に浮かんだ、もの凄く嫌がるヴィータに謝りながら、はやては
言った。
「これならフェイトちゃんも納得行くとちゃうん?」
「う、うん。……そうだね。ヴィータなら、なのはを守れる、よね」
そう言うフェイトの表情は晴れない。
納得していない訳ではないが、腑に落ちないといった表情だ。
「何や。他にまだ問題あるんか?」
「あ、そういう訳じゃないんだけど。何て言ったらいいのかな……」
上手く言葉が見つからないのか、フェイトは小首を傾げたり、口
を開いたり閉じたりを繰り返す。
「フェイトちゃん。思った事をそのまま言うてみて」
「う、うん。その、ヴィータでも、なのはと一緒の部屋は…何か、嫌だな。
と思って」
言って、慌ててフェイトは付け足す。
「ヴィータが嫌いとかそういうんじゃないよ!」
「解ってるって。ええから続けて」
「えっと、上手く言えないんだけど…。折角、なのはと一緒にいられる機
会なのに一緒にいられないは寂しいっていうか。私の我が儘だと解ってる
んだけど、やっぱりなのはと同じ部屋が良いかな…」
たどたどしいフェイトの言葉を意外な気持ちではやては聞いた。
フェイトがなのはを大切にしているのは、初めての友達で、初め
ての親友で、初めてフェイトの存在を、生きる意味を与えてくれた
存在というのが根底にある。
だから、フェイトのなのはを護る為に傍にいる意味は、ある種の
恩返しに近いと思っていた。
しかし、今のフェイトの言葉は違う。
自分の意志でなのはの傍にいたいと思っている。
なのはの気持ちを別にして、フェイト自身が望んで発した想いだ。
考えていたよりも進んでるのかもしれない、とはやては思う。
しかし、まだはやてには断定は出来なかった。
証拠がない。
それらしい事を口にしてはいるけれど、決定打が欠けている。
「……フェイトちゃん、聞いてもええ?」
「ん?何、はやて」
「ヴィータじゃない誰かが、なのはちゃんと同じ部屋やったらどう
や?」
「誰かって?」
「誰でもええよ。シグナムでもシャマルでもザフィーラでも」
「ザフィーラはちょっと違わないかな」
「ほなクロノ君とかユーノ君とか」
「ユーノは絶対に駄目っ!」
不意にフェイトが叫んだ。
「あ…ご、ごめん」
自分でも驚いたのだろう。
慌ててフェイトは口元を押さえた。
やはり、とはやては思う。
まさか『絶対』まで付くとは思わなかったけれど。
その言葉が欲しくて、わざとはやてはユーノの名を出した。
「何でユーノ君が一番駄目なん?」
「だ、だって。ユーノは男の子だよ」
「それやったらクロノ君も男やないか」
「クロノは私のお兄ちゃんだし、エイミィがいるし……」
「理由になってへんよ」
「そうかもしれないけど……でも……」
困り顔のフェイトは、純粋に自分の心情を伝える言葉を探して迷っ
ている。
ここまでか、とはやては肩の力を抜く。
それでも、収穫はあった。
フェイトはなのはを意識し始めている。
それが恋だと気づいていないだけで、誰かに獲られたくないと思
いつつある。
「ごめん。自分でもこの気持ちがよく解らないから。上手く言えない」
「いいや。十分伝わったで」
「そう、かな?」
「うん」
なのはの想いをはやては知っている。
フェイトの気持ちも確信した。
「大丈夫やって」
それならば、親友としてする事は一つ。
「今までのは、なのはちゃんが嫌だって言った場合の例え話やろ?」
最後の一歩を踏み出すためのきっかけを作ってやるだけ。
「なのはちゃんがフェイトちゃんと同じ部屋を嫌がる訳ないやんか」
「…そうだといいな」
「二人の親友の私が保証したる。安心しぃ」
「ありがとう。はやて」
微笑みを浮かべるフェイトに、拳を握ってはやては約束をする。
「さて。私はそろそろ行かんとあかん時間やから。先に失礼するわ」
「仕事?」
「そんなとこや」
「そっか。頑張ってね」
「ありがとう。フェイトちゃんも頑張りや」
「え?」
瞳を瞬かせて真意を計りかねる顔を見て、楽しそうな笑みをはや
ては浮かべた。
「え、と。私は何を頑張ればいいのかな」
「まぁ、色々やな」
それだけをはやては言う。
親友が口出しする領域はもう終わった。
ここから先は本人同士の頑張りどころ。
後は見守るだけ。
「あぁ。せや、部屋の鍵を渡しとかなあかんね」
言って、はやてはジャケットのポケットからカードキーを出した。
「引っ越しの日取りはもう決まっとるか?」
「まだだけど、私の方は引き継ぎも終わってるから。なのは次第かな」
「決まったら一応連絡くれるか?」
「解った。日にちが決まったら言うよ」
「ほな、またな。フェイトちゃん」
「うん、またね。はやて」
部屋の入り口でフェイトと別れ、はやては一人、廊下を歩く。
そして、フェイトとの約束を守るための対処法を考える。
「あとは、どうやってなのはちゃんをだまくらかすか」
フェイトとは異なり、なのはは恋の自覚がある。
ベッドを見れば、必ず文句を言うだろう。
部屋を別々にして、とまではいかなくとも、ベッドは換えてと言
うに違いない。
「自覚がある分だけフェイトちゃんより厄介やからなぁ」
さて、どうしたものか。
思案するはやての口元はブツブツと何かを呟き続ける。
そして、溜め息が吐かれた。
「……また命を掛けなあかん気がするわ……」
フェイトもさることながら、なのはもそれなりの相手で。
頭痛がする頭をはやては抱える。
「あー…。なんちゅー親友をもってしもたんやろ。しかも二人」
二人の事は勿論好きだけど。
時折、激しく疲れるのは、つい手を出してしまう己の性のせいか、
相手が悪いせいか。
「…とにかく。がっつり計画を立てんとな」
フェイトとなのはの為に。
そして。
「ベッドも自腹切ってるんやし。使ってもらわんと割に合わん」
少しだけ自分の為に。
軍事的策略を練るつもりで頑張ろうとはやては心に決めた。
- – - – - – - – - – -
はやてを書くのが楽しくて仕方ない。
でも、ちょっびと可哀相か(笑)
そして、こんなにも損な役回りが似合うキャラも珍しい気が…。
なのはVer.に続く予定です。