温もり(セーラームーン・美奈子×まこと)
日曜日, 2月 10th, 2008
時節は霜月。
雀がそろそろ起きようかと羽の手入れを始める頃、新しい朝日が昨日の夜の名残を冷たい露へと変える。
火川神社の色褪せた緑の葉に凛とした雫が舞い降り、眩い輝きを放った。
靄がかる清々しい境内に雀の合唱が聞こえ出す。
肺が痛くなる空気が日に暖められるには未だ時間が掛かりそうな早朝。
今年は温暖だと言われても底冷えする寒さの中では説得力が無い。
眠りの渦を彷徨う家人の体が自ずと温もりを求めて綿が敷き詰められた巣の中へと沈んでいく。
客間と称した部屋に並ぶ4つの枕。
神社の唯一の巫女と泊まりに来ているその仲間達も例外では無かった。
決して寝相が悪い訳では無いが、夜のうちに出てしまった肩は冷えていて、仲間の一人であるまことの体が無意識に丸まる。
「ん…」
潜った布団の中で見つけた人肌の温かさに幸せな笑みが自然と浮かぶ。
体を寄せて腕を回して全身を温めるまことの頭がずりずり枕から落ちる。
「ん…?」
日を避けるように布団が織り成した闇の中でふと、まことは目を瞬かせた。
夢現の頭が何故ここにホッカイロがあるのだろうと疑問を持つ。
さらりと流れる髪がまことの頬を撫でた。
「は?」
意識が一気に覚醒する。
昨夜、一人で床についた布団に存在するもう一つの体温。
有り得ない現実に刹那の勢いでまことは飛び起きた。
ついでに布団も起こされて跳ね起きる。
「な…な…」
狼狽した心は体に朝の一桁の気温を教えない。
しかし、未だ夢の中を楽しむ流れる髪の持ち主は正直に寒さを感じたのかまことの足に絡みつく。
そこでようやくまことは声を上げた。
「だぁぁっ!!」
「…まこちゃん…?」
「何が起きたの!?」
まことの隣の布団で寝ていた亜美がゆるりと眠い瞳を開け、その隣で幸せな夢を見ていたレイは騒々しい目覚ましに飛び起きる。
「ちょ…美奈子ちゃん!離れてよ!!」
境内の雀さえも飛び立たせた叫びを物ともせず、絡みついた足だけでは寒さを防げなかったのか美奈子はまことの体に縋りつく。
慌てふためくまことを呆然とレイと亜美は見つめた。
「んー…暖かい…」
「暖かい…じゃなくてさ!美奈子ちゃん起きてよ!美奈子ちゃん!!」
惑って宙を泳いでいた腕がやっと我に返ったのか美奈子を引っぺがす。
白い布団に美奈子を転がして、激し過ぎた朝の運動にまことは肩で息をした。
動悸が激しい胸は決して先の咆哮のせいだけでは無い事をまことは自覚している。
赤らむ顔を腕で乱暴に拭って隠す。
「まこちゃん…」
冷ややかなレイの声にピンとまことの背筋が伸びた。
すうっと顔から赤味が引く。
コマ送りのように角ばった動きを見せて回った首がレイの視線に固まる。
眉が痙攣して見えるのは気のせいじゃないとまことは思う。
「これで…何回目?」
「や…だって美奈子ちゃんが!」
頭の上の弁明する声も届かないのか、すぅと寝息を立てる咆哮の原因をまことは指差した。
「何時もの事じゃない」
「だけど…!」
冷ややかに顰められた眉間を押さえるレイにまことは美奈子を揺する。
「美、美奈子ちゃん起きろよ!美奈子ちゃん!!」
それほどまでにレイちゃんが怖いの?
と、問いたくなる勢いで起こすまことを枕を抱えて亜美はぼぅっと見つめた。
「美奈子ちゃんってば!」
転がす勢いで体を揺するまことに美奈子の目蓋が1、2度と痙攣する。
「んー…」
根性の入った眠りが切羽詰ったまことに根負けした。
「ん…何よまこちゃん…。あ、寒い…」
大欠伸しながら剥がされた布団の行き先をきょろり探す美奈子にまことの渇が飛ぶ。
「寒いじゃないよ!何でまた美奈子ちゃんがあたしの布団で寝てるんだよ!!」
「んー…?」
眠りを引き摺る頭の中で言われた台詞が反芻しているのか美奈子は首を傾げた。
まことの隣の冷たくなった空の布団と、今お尻を温めている布団を呆けた顔で見比べ昨夜の記憶を細く手繰る。
「あー思い出したわ…」
ジレンマを覚えるテンポでぽんと美奈子は手を叩いた。
「夜中にトイレに行って…帰ってきたら布団が冷えてたのよ…。それでまこちゃんが暖かそうだったから」
潜り込んだの。と、にこやかに笑う美奈子にがくりとまことの膝が崩れる。
このまま突っ伏して寝直したいと本気でまことは思う。
全て夢のせいにしようと項垂れるまことだが、それをやれば間違い無くもう一度美奈子が潜り込んでくるだろう。
先刻と同じ咆哮を上げれば今度こそレイに叩き出されかねない。
布団に突いた両手を拳に変えてまことは美奈子を睨む。
「そんな事で毎回毎回布団に潜り込まないでくれよ!」
「良いじゃない別に。女の子同士なんだから」
人差し指を頬に添えて言う美奈子にまことの顔が真っ赤に染まる。
「そ、それは…そうだけど…」
女の子同士一つの布団で寝るという話は一般的によくある風景。
仲の良い仲間内のお泊り会ならなおの事。
楽しさに気恥ずかしさを小匙一杯加えた夜のお遊びもオトモダチならではの戯れだが、そこにオトモダチ以外の感情が混入すると性質の悪い冗談にしかならない。
「あたしが…困るんだって…」
ついと出た本音。
「まこちゃん何か言った?」
息を吐き出すような独白を聞き返す美奈子のアップにまことは固まった。
完全に目を覚ました美の女神の笑顔にまことの鼓動が跳ね上がる。
「う…や…」
「ん?」
「な、何でも無い」
両肩を押してまことは美奈子を押し返した。
掴んだ体温は自分よりもかなり低い。
掌の熱さが緊張を伝えてしまったのではと不安に思うまことに悟ったような笑みが美奈子に浮かぶ。
「と、とにかく。もう布団には潜り込まないでくれよ!」
「えー」
不満そうに美奈子の頬が膨らんだ。
「大体亜美ちゃんやレイちゃん方が出入り口に近いのに何であえてあたしの所なんだよ?」
横一列に並んだ布団。
そのうち3つは人肌に温まっている。
寒いだけが理由なら出入り口に一番近いレイの布団に潜り込めば事足りるとまことは思う。
なのに、美奈子は毎回あえてまことの布団を選ぶ。
例え一番遠い場所でもだ。
理由を教えろと問うまことにけろりと美奈子はのたまった。
「だってまこちゃんが一番暖かいんだもん」
とてつもなく簡潔で、至極解り易い理由に今度こそまことは布団に沈んだ。
「…阿保らしいわね」
早朝も早朝、日が昇ったばかりの時間に無理やり起こされたレイはカーディガンを羽織って立ち上がった。
「レイちゃん?」
部屋を出て行こうとするレイの動作を枕を抱えたまま亜美は目で追う。
「ちょっと早いけど朝御飯の用意してくるわ。亜美ちゃん良かったら手伝ってくれる?」
「え…ええ」
言われて亜美は枕を放した。
「あ、御飯ならあたしも手伝うよ」
ただでさえ、朝から不愉快な雄叫びで起こしてしまったまことだ。
せめてもの詫びに朝餉の支度の手伝いを申し出てまことは立ち上がった。
「まこちゃんは来なくて良いわ」
家事全般、特に料理に関してピカ一のまことをすっぱりレイは切る。
「え…でも…」
部屋を一歩出た足が行き先を失って惑う。
「まこちゃんは美奈子ちゃんと話し合い」
「へ?」
足がぴたりと止まった。
「話し合いって…別に話し合う事なんて…」
ちらりと美奈子を窺えば、まだ眠いらしく大きな欠伸を手で覆っている。
「あのねまこちゃん」
ぽんとまことの肩を叩いてにっこりとレイは微笑んだ。
「みんなでお泊りする度にまこちゃんの叫び声で私は起きたくないの?解るわよね?」
柔らかい言葉の音とは裏腹に赤い瞳は全く笑っていない。
「だからしっかり話し合って貰えると、とっても助かるのよ」
肩に添えられた手の脅迫にまことの首がこくこく何度も頷く。
「でないと私朝から炎をあなた達にぶつけなきゃいけなくなるの。話し合いしてくれるわよね?」
「…はい」
ちらついた炎の揺らめきに危険を感じたまことの足がじわりと部屋へ逆戻りする。
「じゃ亜美ちゃん行きましょ」
「え…ええ」
誘われてまことと美奈子を一度不安そうに見ると亜美は台所へと向かうレイの後を追った。
縁側へと続く廊下は外の空気を直に浴びて冷えており、足元から寒さが昇って来る。
ぶるっと亜美は身を震わせた。
前を行くレイは背筋をピンと伸ばして寒さを全く感じさせない。
ふと、レイの足が止まる。
「ごめんね」
言って踵を返したレイは羽織っていたカーディガンを亜美の肩に掛けた。
「あ、大丈夫よ。レイちゃんも寒いでしょ?」
「私は慣れてるから平気よ」
遠慮する亜美に優しくレイは微笑む。
手馴れた仕草で袖を通させるレイに亜美の頬が染まる。
「…ありがとう」
遠慮がちなお礼を呟いて暖かい温もりの残ったカーディガンを亜美は素直に受け取った。
暖かいと思う。
それはカーディガンのお陰だけでは無いのを知っている亜美だが何も言わない。
代わりに感じている不安をレイに問う。
「ところで良いの?二人っきりにして喧嘩にでもなったら…」
「良いの良いの。どうせ犬も食わない結果が待ってるだけだから」
解りきった事の結末に肩を竦めて両手を空へと向けたレイは明るく呆れたように言った。
レイの怒りの微笑みが消えた部屋にまことの安堵の溜め息が空気に溶ける。
続いて落とされた溜め息はその重さに床を転がってから消えた。
浮かぶのはレイの忠告。
今、ここで、朝の発声練習を止める努力をしなければ次は無いだろう。
丸焼きになりたくないとまことは本気で思う。
息を吸い込んで気合いを入れてまことは美奈子に振り向いた。
「美奈子ちゃん」
くぅと寝息が答える。
「って寝るなーー!!」
何時の間にか整えられた巣に体を滑り込ませて休まる美奈子にまことは叫んだ。
素材は無論まことが寝ていた布団。
ホットドックのウインナーだけを引き抜くように引き摺りだそうと試みるが、なかなかにしっかりと挟まれている。
「起きろよ!ここで寝たらもうお天道様拝めなくなるんだよ!?」
無理やり巣を解体して中身を取り出すまことに気合いの削がれる呆けた声が文句を言う。
「もー…何よー…」
目を擦りながらむにゃむにゃ口を動かす美奈子にかくりとまことの肩が落ちた。
大きな溜め息が布団の上で転がる。
「ねぇ…どうして何時もあたしの布団に潜り込んで来るのさ?」
「だからーまこちゃんが暖かいからよー」
先刻と同じ台詞を繰り返す美奈子にまこともまた同じ台詞を繰り返す。
「寒いならレイちゃんや亜美ちゃんでも良いだろ?なのにみんなでお泊りする度に美奈子ちゃんはあたしの布団に潜り込んでくるじゃないか」
「んーそうねー」
頬を掠める金色の髪を美奈子は後ろへと流す。
しなやかなに舞う金色の優雅さにとくんと胸が鳴る。
呆れも話し合いも忘れてまことは美奈子に見惚れた。
綺麗だと思う。
とくとく鳴る鼓動が触りたいと呟く。
「まこちゃん?」
意識無く伸びた手が美奈子に呼ばれて我に返った。
「あ…ご、ごめん」
「謝らなくても良いわよ」
慌てて戻る手をひょいと取って美奈子は自分の頬に押し当てる。
どくんとまことの心臓が驚く。
「美、美奈子ちゃん!?」
浸透する温もりにゆるりと美奈子は瞳を閉じる。
「ほら。まこちゃんはこんなにも暖かい」
笑みを浮かべて顔を預ける美奈子にどくどくまことの脈だけが速くなっていく。
触れたかった笑顔が今手の内にある。
嬉しい現実に沸騰した頭の芯が全感覚を麻痺させた。
夢にまで見た望んだ感触も狼狽した掌が独り占めしてしまい教えてくれない。
惜しいとまことは思う。
「あ…あたし体温高いから…」
俯いて熱い体の言い訳をするまことにくすりと美奈子は微笑む。
「馬鹿ね」
「へ?」
きょとんと瞬く瞳を美奈子は覗いた。
子供のように純粋な瞳。
どれだけ着飾っても瞳だけは飾れないと美奈子は思う。
元来の姿をそのままに映し出す瞳の中の真実。
今、自分を映している透明な鏡のような瞳は何時だって在るがままを在るがままに受け止めてくれる。
綺麗だと美奈子は思う。
「体温とかそういう意味じゃないの」
言って枕を放った美奈子はまことの首に腕を絡めた。
「っ――!」
声にならないまことの叫びが上がる。
戻り始めた感覚が今度は意識さえも奪って走り去っていく。
口を餌をねだる金魚にして固まったまことの腕を美奈子は肩に回させる。
「保護の星を守護に持ってるからかしら?」
まことの耳元でぽそりと呟き、大きな体を美奈子は抱き締めた。
布団よりも柔らかく暖かい温もりに包まれ満足そうな息が吐き出される。
「…ううん。そうじゃないわね。きっとまこちゃん自身の力ね」
ぎちりと鈍い音を立てて首が傾く。
透明な瞳に疑問の色が浮かび美奈子は微笑む。
「とにかく暖かいのよ。一緒にいると安心出来るの。だから…つい傍にいたくなるのよね」
擦り寄る体の後ろで油を馴染ませるようにまことの手がグーとパーを繰り返す。
少し緊張が解けた唇がほぅと息を吐く。
「それで布団の中に…?」
「んー。…それだけじゃないわよ」
言って耳元に唇を押し当てる美奈子に、どくんと耳の奥でまことの鼓動が響いた。
熱を帯びた血液がまことの体を循環する。
高い体温が更に高くなり、乾いた唇を舐めて潤す。
美奈子の髪をそうっとまことは梳く。
思った通りの柔らかい手触りに緊張が解れ思わず溜め息が零れる。
「あのさ…。も少し解りやすく言ってくれると嬉しいんだけど…?」
カーテン越しのシルエットの手招きを信じて中へ入っても良いのか惑い、視線を天井に上げてまことは聞いた。
の、割には腕はちゃっかり美奈子を引き寄せている。
言動の一致しないまことに意地悪っぽく美奈子は言う。
「そのうちね」
むーんと聞こえた唸り声に美奈子の肩が笑いに震える。
「んじゃあさ…みんなが一緒の時はあまり潜り込まないでくれるかな?」
「あらどうして?」
胸元から顔を上げて問う美奈子に赤い頬が困ったように掻かれた。
口だけ動かして声を発しないその様が可笑しくて美奈子はわざともう一度問いた。
「どうして?」
「あー…そのー…」
口ごもり、参り顔で視線を下げたまことを揶揄う瞳がじっと見つめている。
解ってるくせにとまことは呟く。
「ん?何かしら?」
あえて聞き逃して美奈子は首を傾げた。
瞳はまことから一切逸らさない。
見つめてくる瞳に気圧されても一筋の光を放つ期待を見逃すまことでは無い。
「ったく…」
降参と言うように肩を竦めて思いっきり美奈子をまことは抱き締める。
「どきどきしてあたしの心臓が持たないから」
肩口で顔を隠し、一息で告白するまことに耐え切れなくなった美奈子はついに声を出して笑った。
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「そう…そこよ。そうそう。いけ!」
