春の暖かい昼下がり、火川神社は太陽の恩恵を受け光輝いていた。
昨夜振った雨で水分を十分に含んだ葉は緑濃く生命に満ち溢れている。
何時もよりも沢山の神々が降りて来ているのかその由緒に相応しいだけの静寂に包まれていた。
唯一、この神社の巫女の部屋以外は…
どすん、ばたんと相撲部屋のような音がレイの部屋に絶え間なく響きその音のついでに部屋の主の悲鳴も響いていた。
「ちょっと美奈子ちゃん!何すんのよ!?」
「何ってこの状態でする事って言ったら一つだけでしょ?」
レイをベッドの隅に追い詰めた美奈子は人差し指を頬に当て
けろりんとのたまう。
「だから!それが問題だっていうのよ!こんな日の高いうちから冗談じゃないわよ!」
「じゃあ日が落ちた後なら良いの?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
どこかの落語のように上げ足を取る美奈子を睨みつけ
至極当然の事を叫んだ。
「もう細かい事気にするわねー。禿げるわよ」
「禿げないし気にするわよ!」
この艶のある黒髪が禿げてたまるかとレイが唸る。
「その方が私も助かるわね。禿げたレイちゃんはあまり見たく無いもの」
レイの上に乗ったまま腕を組んだ美奈子は自分の想像に嫌だと眉を顰める。
「何想像してんのよ!良いから早く退きなさいよ!」
両肩をがっしりと掴んで押し返すが簡単に諦める美奈子では無い。
「大体もう直ぐまこちゃんと亜美が遊びに来るのよ!
こんな所見られたらどうするのよ!」
「良いじゃない別に」
時計にちらちらと目を向け時間と闘うレイを手をお辞儀させ宥めると
続行を決め込む。
「良かないわよ!」
「どうして?」
防戦一方のレイをじわりと追い立てながらくすりと美奈子は微笑んだ。
「私はばれても全然構わないわよ。逆に言いたいくらいだもの。
レイちゃんはどうしてそんなに隠したがるの?」
「隠すのが当たり前じゃない!」
「当たり前…ねぇ」
このまままことと亜美の登場まで行われるかと思われたギリギリの攻防はすいと美奈子が動きを緩やかにした事で流れが変わった。
「…レイちゃん」
細い指がレイの頬から顎までのラインをなぞっる。
「ん…ちょ…」
触れるか触れないかの薄い触りに全身が総毛立つ。
「そんなに私と…女の子とそういう関係だっていう事がばれるのが嫌?」
「そ、そんな事は…」
はっきりと否定出来ないレイにじりっと顔を近づけ艶のある黒髪に愛しそうにキスをする。
「そうよね。昔から…あの頃からそういう所があったものね。ねぇ?マーズ」
真名とも言える名で呼ばれレイは身を強張らした。
猫の気紛れで見せる美奈子の黒豹のような妖艶さは何時もレイの心を惑わせ、その瞳は思考を奪い取っていく。
それは今日も例外ではなかった。
主の命令を無視した体は硬直し美奈子の言いなりとなる。
「ねぇ…」
遊んでいた黒い束を開放した美奈子の手が閉じ込めるようにレイの横の壁に突かれた。
「覚えてるでしょ?あの頃も今と同じ状況があったわよね」
抗う事も押し返す事も出来ないレイとの空間を徐々に縮め吐息がかかる距離でもう一度問う。
「どう?」
「お、覚えてないわ…よ…」
「…そう」
寂しそうに溜め息をついたか美奈子はふいと顔を上げると
一気にレイの唇を奪った。
「ん…」
逃れれない情を無理やり押し込まれ切ない声が漏れる。
力無い指が縋る物を求めて美奈子の服をかろうじて掴む。
意思に反して体は完全に美奈子を覚えていた。
「こんなにも私を受け入れてくれるのに何時も最後まで抗うのよね」
唇を離し瞳を絡ませあの頃からと呟き、
求めるようにレイの頬に触れる。
「ねぇ…言って…。本当はどうしたいのか…本当はどう想ってるのか…」
顔にかかる黒髪を優しく払う美奈子が見ているのは自分なのかそれとも過去なのかレイが惑う。
「わ、私は…レイ…よ」
過去と現在が交差する間で揺れ動くレイの呟きに
美奈子は驚き、微笑んだ。
「…当たり前じゃない。レイちゃんだから…聞いてるのよ?」
突いた膝に重心が乗りベッドが軋む音を立てた。
眼前の美奈子の目は切ない情に揺れている。
この人は本当は何を求めているんだろうとレイは思う。
「ねぇ…教えて…あなたが私の事をどう想ってるのか…」
「そ、そんな今更…」
「あ…」
言葉を濁し逃げ場所を求めるレイを追い詰めていた美奈子がふと何かに気づいたように溜め息をついた。
「…何?」
「玄関のチャイムが鳴ったわ」
「え?」
「また時間切れみたいね」
先程までの執拗な求めをあっさりと止めた美奈子がすいと身を翻す。
余りにも早い切り替わりについていけず呆けるレイをもう一度鳴った音が現実に引き戻した。
「…出なきゃ…」
「私が出るわ」
力の入らない体で立ち上がろうとするレイを制して
美奈子が障子の扉を開ける。
「あ…ありがとう」
「ジュピターとマーキュリーが来るまでに身支度整えておいてね。マーズ」
「え…」
開いた胸元を手で押さえて壁に身を預けたレイに微笑みを残して
仲間の下へと美奈子は向かった。
遠くなる足音が今の美奈子の気持ちを表してるようで
レイの胸が痛む。
「…ばか。何でその名で呼ぶのよ…」
ベッドの上で膝を抱え体を丸めたレイは殻に閉じ篭った雛のように
その身を固くした。
まことと亜美を案内して戻ってきた美奈子はあまりにも普段通りで
余計にレイを混乱させた。
「そうなのよー」
美奈子のはしゃぐ声が耳に障る。
「それで亜美ちゃんたらさー」
「まこちゃん、もうその事は言わない約束でしょ」
「はは。ごめんごめん」
まことと亜美の和やかな声が煩い。
耳を塞いで叫びたくなるのをレイは必死に堪えた。
一人になりたくて、ただの仲間に戻りたくて、何も思い出さずにいれたならどれだけ心安らかだったろうとレイが思う。
無理な願いだと解っていても、もしそれが出来たなら
美奈子とも違う関係を持てたかもしれないと
有り得ない希望を持たずにはいられなかった。
「…ちゃん、レイちゃん」
「え?」
深い闇に心を渡していたレイが呼ばれている事に気づき意識を戻す。
「どうしたんだい?浮かない顔して何か心配事でもあるのかい?」
心配そうなまことの顔が目に映り引き攣る頬で
無理やりレイは笑みを作った。
思わず過去の名で呼びそうになり慌てて言葉を変える。
「や、やだ。まこちゃんったら何でも無いわよ」
「本当に?」
ぎこちない明るさで首を振るレイにまことがもう一度問う。
「本当よ。まこちゃんって意外と心配性なのね。でもありがとう」
「あ、いや…それなら良いんだけどさ…」
安堵したようなばつが悪そうなまことは頭を掻いて隣の亜美を見た。
心配性かなと問うまことに亜美は少しと笑みを浮かべて応える。
そんな二人はあまりにも自然で今のレイにはきつ過ぎる薬と
同じ効果をもたらした。
締めつけられる苦しさから逃れようと手が胸を押さえる。
現実から逃れようと瞳を強く瞑る。
「…レイちゃん」
ただ耐えて時間が過ぎるのを待つレイに痛みの根源の声が聞こえた。
「大丈夫?」
「…別に。平気よ」
他人の顔で心配する美奈子に疎ましさを覚えずにいられない。
「そう?顔色悪いわよ」
悟った顔でくすりと笑み頬を人差し指の背で撫でる。
唇の端から頬の中央へと何度も撫で触発する美奈子の手を思いっきり振り払ってレイは顔を背けた。
「平気だってば!」
険を込めた完全なる拒絶。
まことと亜美の驚いてる顔が微かに目に飛び込む。
しかしそれを気にするよりも楽しそうに口元を歪める
美奈子の方がレイの癇に障った。
「何笑ってんのよ!」
「別に。ただ可愛いと思っただけよ」
嘲られてるとしか思えない美奈子の言葉にレイがぎりっと歯を食い縛る。
「本当可愛いわ」
するりと美奈子の手が耳に触れた次の瞬間、
レイの体は金縛りにあった。
口をOの字に開けて呆然とするまことと
顔を真っ赤にして口元を覆う亜美の顔が目の端に映る。
霞がかる美奈子のアップ。
そんな事実をさえ奪っていく唇の柔らかい感触。
混乱する脳を無理に動かして一つ一つを確かめるように
理解したレイは美奈子の頬を引っぱたく事で全てを止めた。
「何するのよ!まこちゃん達いるのよ!?」
「…だから?」
「だからって…っ!」
痛む頬をそのままに問う美奈子に特大の
嫌いを投げつけレイは部屋を飛び出した。
「レイちゃん!」
立ち上がろうとするまことより先に亜美がレイの後を追う。
部屋を出る直前で送られた目配せに頷いて応えると
まことは上げた膝の方向を変え美奈子に寄った。
少し躊躇いながらしゃがみ、美奈子の熱を持った頬を見れば
レイがいかに本気だったか直ぐに解った。
「…美奈子ちゃん大丈夫かい?」
「平気よ」
腫れた箇所に触れようとして止めたまことに
微笑んで金色の髪をなびかせた美奈子は
床に後ろ手を突いて足を投げ出した。
「これくらい覚悟してたもの…」
視線を落とし自分に言い聞かせるようにぽそりと呟く。
「何で…キスを?それもあたし達の前で…」
「したかったからよ」
「嘘だ」
自嘲気味に言い放つ美奈子にはっきりとまことは否定した。
「どうしてそう思うの?」
「美奈子ちゃんはレイちゃんを大事にしてるじゃないか。
何時だって一番大事にしてる。
それなのにしたかっただけの理由であたし達の前で
キスするなんて考えられないよ」
真っ直ぐな瞳で言葉を綴るまことの姿は想像してた通りで
美奈子はくすくすと笑った。
「美奈子ちゃん?」
何時もと変わらない笑い方なのに何故だが酷く悲しそうに見えて
まことが惑う。
「あなたも変わらないわね。そして…」
開け放たれた障子についと美奈子が目を向け呟く。
「マーキュリーも…」
亜美をあえて過去の名で呼ぶ美奈子にまことの顔が強張った。
「そう…変わらないのよね…」
「美奈…ヴィーナス…」
「私ねレイちゃんの事が好きなの」
まことの呟きを無視して美奈子は言う。
「え…あ…うん」
突然の告白に驚きながらもまことは頷いた。
「…知ってる」
「やっぱり気づいてたんだ」
ふふと美奈子は笑う。
「やっぱりジュピターだわ。
あの頃も真っ先に私の気持ちに気づいてたものね」
「それは…あたしとヴィーナスが同じ想いを抱いてたからだよ」
マーキュリーに対しての自分の想いと
ヴィーナスのマーズに対しての想いが
重なってたから気づいただけの事。
「たった一人を見つめているあたし達は同じ瞳をしていた…」
「…そうね」
月の王国を守る戦士なのに一人の最愛な人を求め続けていた二人。
報われないと思いながらも焦がれていたあの頃がやけに懐かしく思え
美奈子は伸ばしてた膝を曲げ抱えた。
「…マーキュリーはあなたを受け入れ、マーズは私を受け入れてくれた」
「そうだね…」
今に生まれていないのに記憶は昨日の事のように鮮やかさを
保っている。
「でもね…一番大切な所がマーズとマーキュリーは違うのよ」
「大切な所が違う?」
膝に頬杖を突いて宙を彷徨う美奈子の瞳には
誰が映っているのだろうとまことは思う。
「…そう。一番大切な物をあの人は私に見せてくれない。昔も…今も…」
「前世は前世だよ…。今は違う」
「解ってるわ。でもね…今もあの頃も変わらない物もあるのよ」
丸めていた背を少しだけ伸ばす美奈子は諦めてるようにも現実を受け止めているようにも見えた。
「私達が存在する理由とか…人の気持ちとか…ね」
「気持ちは…想いは過去に引きずられる物じゃないよ。
前に進んで膨らんでいくもんだよ」
前だけを向いて歩いていく、らしい意見に美奈子が瞳を伏せる。
「…そうね。でも…みんながみんなそうだとは私には思えないの」
「…美奈子ちゃん」
「だから私は知りたいの…」
天を見つめ聞けない想いを望む美奈子は目の前にいる筈なのに
どこか遠くにいて、自分では引き戻せない事を知っているまことは
せめて今だけはと肩を抱いた。
境内の裏側の人気の無い所まで勢いのまま走ったレイは御神木にしても
おかしくないような樹齢の木に縋りついた。
肩で息をしながら幹を叩き額を預ける。
「…ばか」
呟かれた一言は自分に対してなのか
考えを読み取れない想い人に対してなのか
解らないまま宙を彷徨い風に流された。
「…レイちゃん」
後を追ってきた亜美がそうっとレイに声を掛けた。
背中に感じた気配にびくんと体を震わし大きく息を吐き出して
レイは振り向いた。
「…ごめんね。変な所見せちゃって」
憂いた瞳で見つめる亜美に本音を気取られそうで腕を組んで言い放つ。
「まったく美奈子ちゃんの悪ノリにも困ったものよね。乙女の唇奪うなんて。戻ったらどうしてくれよう…」
震える声で強がるレイの体をふわりと暖かな温もりが包んだ。
「…亜美ちゃん?」
問いかけに抱きしめる腕に力を込めて応えた亜美は
黒髪に手を差し込んで肩に額を預けさせる。
母親が泣きじゃくる子供を慈愛するような抱擁と
胎内を思い出す優しい水の匂いに張り詰めていた
心が解されていく。
何時しか堪えていた涙が頬を伝い亜美の肩口を濡らしていた。
胸元を掴んで嗚咽を殺し続けるレイをただ受け止める。
「…大丈夫よ。美奈子ちゃんはレイちゃんを大切に想ってるわ…」
耳元で隠してた現実を告げられレイの体に緊張が走った。
「…気づいてたのね」
服を掴んでいた指が力を失いはらりと落ちる。
「ええ…。黙っててごめんなさい」
「…そう」
ゆっくりと亜美から体を離し直ぐ後ろの幹に背を預けたレイはずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
習って亜美もまたしゃがむ。
「まこちゃんも気づいてるの?」
「最初に気づいたのはまこちゃんだから…」
「そっか…。私だけが空回りしてたのね」
「そんな言い方しないで」
頭を抱え自分を笑うレイに亜美はごめんなさいと謝った。
「謝らないで。待っててくれたんでしょ?私達がはっきりと言うまで」
「…ええ」
「あーあ。何か疲れちゃったわ…」
地面にお尻をついてぼんやりと周りを眺める。
天に向かって真っ直ぐに伸びている木々は過去や迷いから縁遠く
ただひたすらに真っ直ぐに自分の想いだけを信じて成長していた。
ふとまことの顔が浮かびレイが苦笑する。
「私とは大違い…」
「レイちゃん?」
呟かれた言葉に首を傾げる亜美にゆるりと首を振ってレイは問う。
「ねぇ亜美ちゃんはマーキュリーの記憶どれだけ取り戻してる?」
「記憶?そうね…」
亜美の中で現世の記憶と前世の記憶は綺麗に
カテゴリー別に分けられていた。
戦いに関するフォルダ。
日常的に関するフォルダ。
大量に存在するそれらを片っ端から開いて確認し、
口元に手を当て呟く。
「みんながどれくらい思い出してるのか解らないから何とも言えないけど…。それなりに思い出してると思うわ」
「ジュピターとの関係も?」
「え…ええ…」
一番先頭にある色が違うフォルダが勝手に開けられ亜美の顔が赤くなる。
「そっか…」
「レイちゃんだって…その…ヴィーナスとの事を思い出してるんでしょ?」
「思い出してるわ…。だから…困るのよ」
「困る?」
どうしてと問う亜美に苦笑するとレイは空を見上げた。
澄んだ青空は昨日の雨のお陰で空気も澄んでいるのか
一層青味が増している。
過去から現在までずっとこの青さを保ち続ける空は
未来も同じ空なのだろうかと巡らせた思考を
断ち切るようにレイは自分に問いた。
「私は美奈子ちゃんの事本当に好きなの…?それともただ…」
「レイちゃんまさか…」
言葉の先を亜美は知っていた。
その事を考え惑った記憶はまだ新しく、
今目の前にいるレイの苦しみが手に取るように理解出来る。
ほんの少しだけ過去の自分と同じ所で立ち止まってるレイに
亜美は明るく聞いた。
「レイちゃんは前世の記憶と今の記憶が混乱する事って有る?」
「…そうね。たまにあるかも…」
落ちてる小枝をレイの指が意識も無く弄ぶ。
「私もあるわ」
くすりと亜美が笑む。
「最初ねまこちゃんへの想いに気づいた時私戸惑ったわ。
記憶が戻ってたから」
ぴたりと動くのを止めた白い指からするりと
小枝が抜け出し地へと転がり帰っていく。
「記憶だけじゅなくマーキュリーの想いも
一緒に戻って来てるんだと思ったのよ。
だからまこちゃんと一緒にいても気持ちを否定し続けたわ。
これは私の気持ちじゃないって前世の遺物なんだって…」
言葉も無く見つめてくるレイの顔を見ずに亜美は続ける。
「酷い話よね?でもね、離れる事出来なかったの。
どうしても…傍にいたかった…」
その頃の勝手な自分を思い出しているのか亜美の瞳が揺れた。
恐らく今、亜美は本来なら永遠に自分の胸に閉まっておく筈だった
想いを話してくれている。
同じ想いで惑う自分の為に。
それは話す時の仕草や声のトーンで十分感じ取れた。
「でもまこちゃんがある時言ったの。
『あたしの事を好きと言ってみて』って」
「…好き?」
「ええ。結局その時は私恥ずかしくて言えなかったんだけど…
どうしてまこちゃんがそんな事を言ったと思う?」
すいと顔を向ける亜美にレイはゆっくりと首を横に振る。
「…解らないわ」
「私も解らなかったわ。どうして急にそんな事を言うのって聞き返した私にまこちゃんはこう言ったの」
胸元を両手で押さえ愛しそうに貰った言葉を亜美は繰り返した。
「今どきどきしてるでしょ?そのどきどきは亜美ちゃんだけの物なんだよ。過去も未来も関係ない。
今を生きてる亜美ちゃんだけが感じる事が出来る物なんだよ」
「今を生きてる自分だけが感じれる…」
「過去の想いでどきどきするのとは全然違うだろって
…まこちゃんらしい台詞よね」
くすくすと亜美が笑う。
「それで私気がついたの。
マーキュリーがジュピターに抱いてた想いを感じる時は
小さな頃を思い出してる時と変わらないんだって」
それは想いでは無く思い出なんだと吹っ切った目をして亜美は言う。
「レイちゃんは美奈子ちゃんの事好き?」
「…好きよ」
「それは今のレイちゃんだけが感じる事が出来る気持ちよ」
「でも…」
まだ惑うレイの胸をつんと亜美は人差し指で突いた。
「迷った時は素直な気持ちを伝えるのよ」
「気持ちを?」
「そうすると自分の気持ちも確認出来るの。
これは今の私が感じてる気持ちなんだって」
これもまこちゃんの受け売りなんだけどねと笑う亜美の頬が染まる。
「好き…」
好きだと言う美奈子を受け入れたのは
自分もそれを望んだから。
過去に流された訳じゃなく自分が受け入れたかったから。
何時も沢山の好きをくれる美奈子。
その表現は過激過ぎて困る事もしばしばだけど嫌だと思った事は無い。
それは今の自分だけが感じる事が出来る想いで望みでもある。
「私…自分の気持ち伝えた事あったかしら…」
考えて見れば態度に表した覚えはあっても口にした記憶は無い。
「言わなきゃ伝わらない事もあるのよね」
「大切な事ほど言葉にしないと伝わらないわ…」
それで自分もどれだけまことを悩ませただろうと亜美は思う。
「そうよね…言わなきゃ駄目よね」
自分の膝を強く抱いて美奈子の事を想うレイに
小さく頷くと亜美は立ち上がった。
「ねぇそろそろ戻らない?美奈子ちゃんもまこちゃんも心配してるわ」
すいとレイに手を差し伸べる。
見上げた亜美はとても綺麗で、それはまことが引き出した物なんだと
レイは感じた。
ふと美奈子の本当の笑顔を最後に見たのは何時だっただろうかと考え、
レイは自分を叱咤した。
負けられないわ。
そんな気持ちが胸に湧きゆっくりと亜美の手を取る。
「そうね…そろそろ帰ってあげますか」
立ち上がって土を払ったレイは亜美の耳元に唇を寄せた。
「亜美ちゃんありがと…」
囁かれた礼。
瞳に赤い光を取り戻したレイに亜美が安堵の笑みを零す。
並んで互いの想い人の元へとゆっくりと歩む
亜美はふと唇に人差し指を当てた。
「レイちゃん先刻の話しは内緒にしててね」
「ええ。誰にも言わないわ。美奈子ちゃんにもまこちゃんにも…ね」
二人だけの秘密と笑うレイの直感は当たっていた。
「亜美ちゃん、レイちゃん」
静かにレイの部屋の障子を開けるとまことのほっとした顔が
飛び込んできた。
「待たせちゃってごめんなさい」
謝る亜美にまことがゆるりと首を振る。
「お疲れ様…」
「まこちゃんこそお疲れ様」
仲間の為に全力を尽くしたまことと亜美が互いを労い体を寄せ合う。
「レイちゃん…」
「…ただいま」
入り口で立ち尽くすレイを呟くように呼ぶ美奈子に
亜美はまことの袖を引っ張った。
「まこちゃん」
「うん」
頷いてまことは亜美と一緒に外へ出た。
かたんと木と木がぶつかる音がして障子が閉まり
沈黙の空間にレイと美奈子だけが取り残される。
すいと立ち上がった美奈子はレイの元へと歩むと
瞳を見据えて対峙した。
「私謝らないわよ」
「解ってるわ」
挑発する美奈子にレイは瞳を伏せる。
前世を思い出し、混乱を呼び出し、亜美の言葉を心に留める。
そして自分の気持ちをはっきりと確認すると
レイは美奈子を睨みつけた。
「美奈子ちゃん」
「何かしら?」
強い意志を宿す瞳に負けじと美奈子も瞳に力を込める。
「これは私の…火野レイの気持ちよ」
言ってレイは美奈子に唇を寄せた。
驚きに見開かれた瞳が唇の感触に笑んで閉じられる。
するりとレイの背に腕が回され美奈子の背にも熱い腕が回された。
時間を掛けて今まで黙っていた想いの全て込めて
送られたキスは美奈子の心に浸透し、灯火を照らす。
不安という闇が掻き消え唇を離せば灯火よりも赤い顔が見えた。
「やっと…言ってくれたわね…」
幸せそうに美奈子が微笑む。
「ずっと聞きたかったのよ?あなたの…レイちゃんの気持ちを…」
「悪かったわね。言ってなくて」
強気な口調も照れ隠しだと知っている美奈子はレイを離さない。
「本当そうよ。散々待たされたんだから。でも…待ってて良かったわ」
ありがとうのキスを頬に音を立てて送る。
「礼なら亜美ちゃんに言うのね」
自分の全てを曝け出して救ってくれた彼女には
暫く頭が上がらないとレイが思う。
しかし元々誰も頭が上がっていない事に気づいてレイは苦笑した。
「そうなの?じゃあ…」
人差し指を顎に添え障子へ向くと美奈子は大声で叫んだ。
「亜美ちゃん、まこちゃんありがと。今度お礼のキスをするわ」
「いらないよ!」
「えっ?」
間髪入れずに聞こえた返事にレイが振り向くと
二つの影が慌てている。
「ちょ…ちょっと!」
美奈子の腕からするっと抜けてばたばたと走る影を追って
障子を開ければまことと亜美の走り去る後ろ姿が廊下の角を曲がった。
「まこちゃん!亜美ちゃん!」
真っ赤な顔で怒るレイにまことと亜美の笑い合う声が聞こえる。
そして当事者のもう一人はそれに輪をかけて笑い転げていた。
「何で美奈子ちゃんまで笑ってんのよ!」
「良いじゃない別に」
まだ笑いが収まらないのか目に涙を溜めて
レイの傍に寄ると美奈子は今度は唇に音を立ててキスをする。
「もうばれてるんだから。気にしない気にしない」
手をお辞儀させて笑う美奈子にぷちっとレイの中で音が切れた。
「気にするわよ!美奈子ちゃんなんて大っ嫌い!!」
清々しい空にレイの叫びはどこまでも響き渡った。



