喧騒とは無縁の土曜日。
朝は木の上で鳥は囀り、昼は風が葉に耳打ちする。
うららかな一時。
日差しが差し込む和む時の中で、グラスのジュースだけは激しい音を立てながら無くなった。
ちゅるんと音を立て、美奈子はストローから唇を離す。
「ねぇレイちゃん」
本を捲る手を止め、レイが顔を上げる。
「普段のまこちゃんと亜美ちゃんって何やってると思う?」
「は?」
ぶらり買い物一人旅の後に大量の荷物と一緒に押しかけてきた美奈子の、脈絡の無い切り出しにレイは本を閉じた。
「急にどうしたのよ?」
「今ちょっと思ったのよ」
言って、テーブルに頬杖を美奈子は突く。
「私とレイちゃんの場合、休日はこうやって一緒に過ごしてもお互い別々の事してたりするじゃない?」
美奈子の指が弾くストローをレイは訂正する。
「あんたが急に来なかったら一人で過ごすつもりだったけど。私は」
勝手に変更された予定を不満に思うレイに、手で空中に箱を作り美奈子は横にずらす。
「それは置いといて」
古典的な話の逸らし方に溶けたグラスの氷がからんと鳴る。
その氷をストローでからから回しながら美奈子は話を続けた。
「まこちゃんと亜美ちゃんはどんな過ごし方してるのかなと思って」
「知らないわよ。亜美ちゃんは勉強。まこちゃんは植物の世話でもしてるんじゃないの?」
亜美とまことの趣味を考慮した一般的な見解を言って、先刻の本をレイは取る。
「各々の家で」
言って、読み終えたページの続きをレイの指が検索する。
「付き合ってる訳じゃないんだから別々に行動してるでしょ」
その一言に美奈子が立ち上がった。
「そこよ!」
「違うわよ」
即座の否定に美奈子の突きつけた指が行き場を失う。
「え?」
「ここはもう読んだわ。もう少し先」
一心不乱にページを捲る横顔にかくりと美奈子の膝が砕けた。
テーブルに撃沈しそうな体を無理やり起こし溜め息混じりに美奈子は呟く。
「本の話じゃないわよ…」
「じゃあ何よ?」
「まこちゃんと亜美ちゃんの話よ!」
テーブルを叩いて自己主張する美奈子をレイは見つめる。
「あの二人何時も一緒にいるのよ!なのにどうして付き合ってないのよ!!」
ぐっと拳を握り力説する美奈子にふぅと息を吐いて雑誌をベッドにレイは投げ出す。
「そう。あの二人付き合っていないのよ…どうして…」
睦言のように美奈子は自問自答する。
「でも明らかに二人一緒にいる事が多いわ。これまたどうしてなの!?」
涙を振り切るように頭を振る美奈子をベッドに腰掛けてレイは眺める。
「解らないわ…。あれだけラブラブっぷりを見せ付けておいてどうして何も無いのよ。亜美ちゃんはともかくあのまこちゃんが…。これは一つのミステリーだわ」
腕を組み、部屋をうろうろ縦断する美奈子に足を組んでレイは言う。
「そんなに気になるなら本人達に聞けば良いじゃない」
「よく言ったわレイちゃん!」
待ってましたとがっちり両手を握る美奈子に何事かとレイは目を瞬かせる。
「やっぱりそれが一番よね!」
「そ、れは…そうね…」
勢いに飲まれ、不要に頷くレイに、にっこり美奈子は微笑む。
「じゃあ早速実行しましょう。明日迎えに来るから用意しておいてね」
「は?」
「さ、忙しくなるわよ」
拳を高々と掲げる気合いの入った美奈子に、レイの静かな休日の予定はベッドに置いた雑誌と共にするりと逃げた。
「で。何でこうなる訳?」
電柱の影に背中を寄せて、レイは憮然と問う。
「だってレイちゃんが言ったんじゃない。本人に聞いてみればって」
電柱の端から顔を出して様子を伺いながら美奈子は答えた。
「私は聞いてみれば?と言ったけど、覗けとは言ってないわよ」
腕を組み、美奈子の頭の上から視線の先をレイは追う。
犬を楽しそうに散歩させる女の子が一人通り過ぎた。
「なのに何で折角の日曜だっていうのに美奈子ちゃんに付き合わなきゃならないのよ」
微かに憤慨の響きを乗せるレイに電柱から顔を覗かせたまましきりに一軒のマンションを美奈子は気にする。
「だって気になるんだもの」
しょうがないじゃないと己の好奇心を押し出す美奈子の後頭部をレイは小突く。
「なら一人でやって」
「良いじゃない。今日予定無かったんでしょ?」
「…昨日の本の続きを読むつもりだったんだけど」
不満そうな声をぱたぱた手を振って美奈子は払い除ける。
「そんなの何時でも読めるじゃない」
「あんたね…」
引き攣る眉根にレイは額を押さえた。
「大体、今日二人が一緒にいるかどうかだって解らないでしょーが」
「あ、それなら大丈夫よ」
胸を張って美奈子は言う。
「昨日の夜、まこちゃんにそれとなく電話で予定聞いといたから」
えっへんと髪を靡かせる周到さに、すぅとレイの瞳が細める。
「その準備の良さ…たまにはテストに活用出来ないの…?」
「そんなの出来る訳ないじゃない」
はっきり否定する美奈子にもう何も言いたくないレイの溜め息が地面へと落ちた。
「あ、出てきたわ」
電柱の影に身を隠し垂直に美奈子は背を伸ばす。
程無くしてマンションからまことが出てきた。
手首を見て、少し早足で美奈子とレイの反対側へ歩いて行く。
その仕草からレイは想像する。
「時間を気にしているわね」
含み笑いが美奈子に浮かんだ。
「そりゃそうでしょ。亜美ちゃんとの約束に遅れるまこちゃんじゃないもの」
「あんたも見習えば?」
痛い突っ込みが後頭部に決まり、美奈子は何となく頭を擦る。
「と、とにかく後をつけるわよ」
こそこそと探偵というよりは泥棒に近い忍び足の美奈子の後ろを諦め気味のレイが連いて行く。
まこととの距離はおよそ15メートルと少し。
気づいている気配は無い。
物陰から物陰へと移動する美奈子に対してレイは堂々と道の真ん中を歩く。
「ちょっとレイちゃん、そんな普通に歩いてたらばれちゃうでしょ!」
小声で怒る美奈子をさして気に止めずレイは反論する。
「美奈子ちゃんのその怪しさの方が人目に付いてるの気づいて無いでしょ」
言われて、美奈子は周囲を見回した。
レンタルビデオ屋の看板にしがみ付いている美奈子を行き交う人々は、一人の漏れも無く不審な目を向けながら通り過ぎる。
またその看板が男性専門店のようなピンクと黄色の明かりを発光させているせいで、余計に美奈子は際立つ。
「警察に通報される前に普通に歩く事を私は薦めるけど?」
どっちでも良いけどと締め括るレイに、すくりと美奈子は立ち上がった。
「ほらレイちゃん行くわよ」
こほんと咳払いを落として尾行を続ける美奈子にレイは一人ごちになる。
「連いて行かないと本気で警察のごやっかいになりかねないわね…あの人」
仲間内から出したくない前科リストへの記載を思い浮かべたレイは仕方無く付き合う事にした。



