情欲

シャープペンが亜美の右手でくるりと回る。

今日の予定の勉強を消化しようと机に向かって早3時間も経つのに目の前のノートには英語が数行が書かれているだけだ。

「ふう…」

ノートに一つ溜め息を落として亜美はシャープペンを机に置いて席を立った。

部屋の窓へと歩き、カーテンを開けると満天の空を見上げる。

「…まこちゃん」

明るい星達の中で一際輝きを放つ星に亜美は話しかけた。

「ごめんね…。今…どうしてる…?」

自分の守護星から遥かに遠い愛しい人の守護星。

しかし何時でも側にいると言わないばかりに強い力を放ち暖かな光で包み込んでくれる。

なのに今その輝きは微かに揺らいでいて…まるで彼の人の心をそのまま映し出しているようで亜美の心が痛んだ。

「…ごめんね」

もう一度呟くと亜美は一つ溜め息を吐いてそっと窓を閉めた。



「はぁ…」

見もしないテレビをつけっ放しにしてベッドの上に転がりまことは溜め息を一つ吐いた。

くしゃりと髪を掻き上げぼんやりとテレビに目を移す。

テレビはクイズ番組の答えを少し大きな音で解説していた。

「亜美ちゃんならさらりと答えそうだなぁ」

そう呟いてまた溜め息を一つ吐く。

先刻から考えるのは亜美の事ばかりで、悩むのは先週の土曜日の夜の事ばかりだった。

「やっぱりまずかったよなぁ…」

ごろりと体を反転させて枕に顔を埋めまことが一人もがく。

その出来事はこの間の土曜日に起きた。

何時もの通り火川神社でのミーティングと称した座談会を終え、これまた何時も通り亜美を家まで送ったついでにお茶をご馳走になった時の事だった。

亜美の本棚に智子の本を見つけたまことは嬉しそうにその本を手にした。

「亜美ちゃんも買ってくれたんだ。智子の本」

「え…ええ」

躊躇いがちに亜美が頷く。

その表情はあまり話題にしたくなかったのか微かな翳りを帯びていた。

しかし気づかないまことは本を捲りながら話を続ける。

「この本さ、わたし見る度に照れ臭いんだよね。親愛なる――なんて入ってるんだもん。最初見た時嬉しかったけど恥ずかしくて仕方なかったよ」

「…そう」

正座した膝の上で拳を握られる。

「亜美ちゃん?」

本を戻したまことはようやく亜美の様子がおかしい事に気づいたのか駆け寄る。

「どうしたの?具合でも悪い?」

心配そうに顔を覗くまことに亜美はふるふると首を振った。

「…ごめんなさい」

「何で謝るのさ?」

「それは…ごめんなさい…」

率直なまことに亜美はただ謝るばかりで余計にまことを混乱させる。

天を仰いでうーんと唸ったまことはうん!と何かを思い立ったのか亜美を抱きしめた。

まことの胸の中で亜美の顔が一気に赤く染まる。

「あたし何か悪い事言ったかな?」

「…そうじゃないわ」

「じゃあ、何かやったかな?」

「…そうじゃなくて…」

「そっか。ねえ亜美ちゃん」

「…はい」

亜美がそうっと顔を上げる。

「好きだよ」

突然のまことの告白に赤い亜美の顔が更に茹で上がる。

「ははっ。真っ赤だ」

揶揄う様に笑うまことの顔も微かに赤く見えるのは亜美の気のせいじゃないだろう。

「まこちゃん…」

ぽすっと音を立ててまことの胸に顔を埋めると亜美は心の不安をぽつりぽつりと話し出した。

「…ごめんなさい」

「うん?」

「まこちゃんが…その…智子さんの話しをする時って…」

「する時って?」

「その…凄く嬉しそうで…優しい瞳をしてて…だから…私…その…」

そこまで言って亜美はまことの背に腕を回して強く体を擦り寄せる。

「ああ…」

流石のまことも察しがついたのか、ふっと笑うと腕に力を込めた。

「亜美ちゃん焼きもち焼いてくれてるんだ」

直球で言い当てられ亜美がまことの腕の中で震える。

「そっかー。智子にかー」

うーんと唸るまことの頬は緩んでいた。

「はは。ごめんね、あたし喜んでる」

「…ばか」

「そうだね」

くすりと笑ったまことが少し体を離す。

温もりが遠くなり不安そうに顔を上げると先程の温もりより暖かい感触が亜美の頬に触れた。

「好きだよ」

「…ばか」

正面から近づいてくるまことの顔に亜美は瞳を閉じて応えた。

柔らかな唇の感触。

そっと触れては離れ、離れてはまた触れてくる。

幾度も繰り返される想いの込もった行為に亜美の気持ちは次第に静まっていった。

逆にまことの気持ちが高ぶっていくのも知らずに…。

ふとまことが口付けたまま薄く瞳を開ける。

霞むほど近くに見える亜美の顔はやはり上気した様に赤く染まっていてまことの心を今まで以上に揺さぶった。

もう一度瞳を閉じたまことが亜美を強く引き寄せる。

「…ん…」

今までよりも強い密着に亜美から掠れた声が漏れた。

その声を合図にまことが亜美の唇を割って滑り込む。

「…んっ…!」

初めての体験に惑う亜美が抵抗しようとするがまことの腕がそれを許そうとしない。

歯列をなぞり、惑う舌に自分のそれを絡ませ強く吸う。

「ふ…あ…」

息が出来なくなるほど差し込まれ、口腔を貪られ亜美の体から力が抜けていく。

深い霧に嵌まった亜美を支配するのはただまことの感触のみだった。

「ふぁ…はぁ…」

抵抗する力どころか自分も支えれなくなった頃ようやくまことは亜美を解放した。

ぐったりと持たれかかり荒い息を吐く亜美を支えまこともまた荒い息を吐き出す。

「…ごめん…つい…」

愛しさを止める事が出来なかったまことが柔らかい髪を掻き抱いて謝る。

腕の中の亜美はただ荒い息をつくだけで何も言わない。

「…亜美ちゃん…あたし…」

顔を覗こうとするが亜美は俯いたままでまことの顔を見ようとしなかった。

まことの瞳に悲しみが映し出される。

「ごめん…。帰るよ…」

「…うん」

ようやく亜美が小さく反応示した。

だがそれ以上何も言おうとしない亜美にまことは口を開いたが何も言わずに鞄を手に立ち上がった。

亜美もまたゆるゆると立ち上がり無言で玄関までまことを送る。

「じゃ…また…学校で…」

「…ええ…学校で…」

ただ言葉を繰り返す亜美の姿がまことの心に後悔の矢を突き刺す。

それは明日の日曜日は会わないという無言の拒絶だった。

家に帰ったまことは殆ど眠る事も出来ないまま日曜日を向かえ、後悔と自責の念を抱えたまま月曜日学校に向かった。

だが学校で会った亜美は拍子抜けするほど何時もと変わらない笑顔でまことに話しかけてきた。

何時もと変わらない笑顔と口調。

そして何時もと変わらない行動。

惑うまことはそれでも亜美に何も聞く事が出来ないまま今日まで来てしまった。

自責の念から現在に戻ってきたまことがちらりと壁に掛けているカレンダーに目を向ける。

「明日は土曜日か…」

恒例のお泊りの日。

枕元に飾っている写真立てを取るとまことはその中の亜美に聞いた。

「明日…家に来る…?」

まことの不安気な問いに硝子の向こうの亜美はただ笑顔を送るだけで…。

ふうと溜め息を吐き出すとまことはゆっくりと写真立てを元の位置に戻した。





「じゃあ、明日まこちゃん家でねー」

そう叫ぶとうさぎはどこにそんな俊敏さを隠しているのかと思う早さで学校の門を潜って行った。

「うさぎちゃん、相変わらず衛さんの事になると早いわね」

「そ、そうだね」

呆れた様な感心した様な声で言う亜美にまことがぎこちなく頷く。

何か会話をと思考をフル回転させるまこととは裏腹に亜美は自然に話を続けた。

「明日は久しぶりにまこちゃんのお家でお勉強会ね」

「う、うん。まあ、レイちゃん家に親戚が来るんじゃお邪魔する訳にも行かないしね」

「そうね」

ふふと亜美が笑う。

その笑みに少し緊張が解れたまことは鞄を肩に抱え今日の予定を口にした。

「家帰ったらクッキーでも焼こっかな。あ、それともケーキの方が良いかな?」

「まこちゃんのお菓子はどれも美味しいからうさぎちゃんどっちでも喜ぶわ」

「美奈子ちゃんもね」

「あら。私も好きよ」

『好き』の一言にどくんとまことの心臓が跳ねた。

解れた緊張が舞い戻ってくる。

どきまぎしながら横目で亜美の様子を盗み見れば口元に手を当てて笑みを称えている。

まったく何時もと変わらない亜美にまことは意を決して聞いた。

「…亜美ちゃん」

「何?」

「今日…その…家に泊まりに来る…?」

「あ…」

一瞬にして亜美の顔が曇る。

「ごめんなさい…」

「あ、ああ…良いんだ別に。うん…無理に誘うつもりもないから…」

亜美から顔を逸らしまことは頭を掻いてほうと息を吐いた。

おやつの話しで影になっていた後悔が一気に心を占める。

「今日久しぶりに母がお休みなの…。だから一緒に食事に行こうって…」

「あ、そうなんだ。じゃ仕方…ないよね…」

言い訳の様な真実をぽつりぽつりと告げる亜美にまことは無理やり笑みを作った。

「だから…その…日曜日、朝から行っても良いかしら?」

「え?」

きょとんと見つめるまことに亜美が俯いて続ける。

「みんなより…早くまこちゃん家に行っても良い?」

「あ…」

ようやく意味を理解してまことの顔が赤く染まる。

「う、うん!勿論だよ!」

壊れた人形の様にコクコクと頷くまことに亜美はほっとした笑みを浮かべた。

「じゃあみんなはお昼過ぎに来るって行ってたから…9時くらいに来れる?」

「ええ。じゃあそれくらいに」

「うん!じゃあ亜美ちゃん用に特製のクッキーも作っておくよ」

笑って言うまことに亜美はくすりと笑った。

「楽しみにしてるわ。じゃあ、また明日ね」

「あ、亜美ちゃん!」

手を振って去ろうとする亜美の腕を取ってまことは呼び止めた。

「え?」

「あ、いや…はは、何でもない」

思わず抱きしめようとした寸前で昼間の往来だと気づいたまことは乾いた笑みを浮かべた。

「そう?」

「う、うん。あ、明日ね」

「ええ。明日ね」

怪訝な顔をした亜美の腕がまことの手からするりと抜ける。

走り去って行く亜美の後ろ姿を見送ったまことは自分の手へと視線を落とした。

「泊まりに来なくて良かったかも…」

手をわきわきと動かしてまことはぽつりと呟いた。





テレビが9時の時報を教えたのと同時に玄関のチャイムが来訪者を告げる。

「は、はい。今開けるよ」

ちょっとドキマギしながらまことがチャイムに答える。

相手を確認する事も忘れて扉を開けるとそこには思った通りの人物が立っていた。

「おはよう。まこちゃん」

「おはよ亜美ちゃん。さ、中に入ってよ」

「お邪魔します」

既に専用になりつつあるスリッパを亜美に薦めまことは台所でお茶の用意をし始めた。

「先に部屋に行ってて。直ぐお茶持ってくからさ」

「ありがとう」

まことの手元に用意された茶葉の缶は亜美の好きなハーブティの缶。

目敏くそれを見つけた亜美はまことの優しい気遣いに笑みを浮かべ部屋の扉を開けた。

部屋のテーブルには昨日の約束通り亜美用に作られた甘さ控え目のクッキーが歓迎してくれる。

「そんなに気を使わなくても良いのに…」

そう言う亜美の瞳は嬉しそうに細められている。

部屋の片隅に持ってきた鞄を置くと亜美はテーブルの近くのソファーに腰を落ち着けた。

そしてクッキーを一つ取ると口に運ぶ。

「…美味しい」

「どうかな?口に合ったかい?」

呟きが聞こえたのかマグカップを二つ手にしたまことが笑顔で聞く。

「ええ。とっても美味しいわ」

亜美もまた笑顔で素直な感想を述べた。

「良かった」

マグカップをテーブルに置いたまこともまた亜美の隣に腰を落ち着ける。

「砂糖を控え目にしたから口に合うか心配だったんだ」

「大丈夫よ。これなら幾らでも食べられそう」

「そっか。あ、でもこれを食べた後だとみんなのクッキーはかなり甘く感じるかも…」

顎に手を当ててうーんと唸るまことに亜美はくすりと笑った。

「大丈夫よ。まこちゃんのクッキーはどれも美味しいから」

「そ、そう?」

「ええ」

「そ、そっか」

迷わず頷く亜美にまことは照れ笑いで応えた。



穏やかな談笑。

暖かなハーブティと美味しいお菓子。

そして隣には愛しい人。

何時しかまことの悩みは楽しさの奥に影を潜めた。

しかし、それは隠れただけで消えた訳ではなかった。

ましてや愛しい相手と自分の想いが重なった情ならそれは当たり前の事で…。

小一時間も話し込んだ頃、会話が途切れた。

ただ会話が一段落しただけのごく日常に溢れた沈黙。

「あ…お茶のお代わりを持ってくるよ」

「まこちゃん待って」

「え?」

沈黙を嫌がった腰を上げたまことを亜美が呼び止める。

「クッキーのお返しに私がまこちゃんの為に特製の入れてあげる」

「あ、亜美ちゃん…」

赤く顔を染めたまことに少し悪戯っぽく舌を出した亜美はカップを手に台所へと消えていった。

残されたまことが居場所を求めてソファーに腰を下ろす。

「…やば…」

口元を手で覆いぽつりと呟く。

心が揺れだす。

「あたし…本気で…」

ごくりとまことは息を飲んだ。

「…駄目だ。それは駄目だ…」

必死に自分に言い聞かせる。

それでも脳裏にはあの時の…亜美の感触が鮮明に蘇えりまことを急き立てる。

「落ち着けまこと。まだ駄目なんだ」

「何が駄目なの?」

「どわっ!」

何時の間に戻ってきたのか亜美は湯気の立つカップを二つ持ってきょとんとまことを見つめていた。

「あ、亜美ちゃん…何時からそこにいたの?」

「つい今だけど…」

カップをテーブルに置き亜美はお茶を入れる前と同じ様にまことの横に座る。

「で、何が駄目なの?」

「え、な、何でもないよ。うん」

頬を引き攣らせた笑顔で内心冷や汗をかきながらまことは顔の前で両手を振った。

「…そう」

少し寂しそうに亜美が俯く。

伏目がちに揺れる瞳がまことを刺激し自然と腕が伸ばされる。

「亜美ちゃん…」

「何?え、ちょ…」

まことは亜美を抱きしめていた。

「まこちゃん…」

突然の行動に驚いた亜美はそれでもまことに身を委ねた。

まことの心も露知らずに…。

亜美の髪を掻き抱いて強く抱きしめる。

何時もよりも強く。

何時もより想いを込めて。

それでも何時もより気持ちを抑えて。

「…どうしたの?」

ただ黙って抱きしめ続けるまことに亜美はが心配そうに聞く。

「何が…そんなに恐いの?」

ビクンとまことの体が震える。

「私はここに…まこちゃんの側にいるわ。例え何があっても…だから、大丈夫よ」

少しでもまことが安心出来る様にと亜美は抱きしめ返した。

水の様な心地良い温もりと、高いのに深みのある声がまことの全てを包み込む。

何時もならこの上無く落ち着く優しさも今のまことには苦痛に感じられた。

欲が一気に掻き立てられるたのが解る。

頭が真っ白になり何も考える事が出来ない。

ただ亜美への想いが、執着が、全てを欲する自分の欲がまことを支配する。

気がつけば欲に動かされて亜美をソファーに押し倒していた。

「ま、まこちゃん…?」

赤い顔でまことの重みにもがく亜美からゆっくりと顔を上げたまことはそっと亜美の頬に触れた。

「亜美ちゃん…」

頬から首筋へとまことの手が滑り亜美の体が跳ねる。

更に求める様に動こうとした手はそこで宙に浮いて拳に変わった。

「なーんてね」

「まこちゃん?」

「ちょっとした冗談だよ」

亜美の上から軽やかに退くとまことは腕を取って起き上がらせる。

「びっくりした?」

へへっと笑うまことに亜美もほっとした様に微笑む。

「もう…びっくりしたわよ。まこちゃん本気かと思ったんだから」

「何が本気だと思ったんだい?」

「え…あ、その、あの…」

赤い顔で口をぱくぱくさせる亜美からあの卓逸された判断力は欠片も見えない。

「ははっ。可愛いなぁ亜美ちゃんは」

楽しそうにまことが亜美を抱きしめる。

「もう…あまりいじめないで」

「ごめん」

亜美の肩口にまことは顔を埋めた。

まだあたしは大丈夫。

待てる…まだ待てる…。

ほうっと息を吐いてまことは心で呟いた。

やがてまことの背に亜美の腕が回されるとどちらからともなく唇が重ねられる。

触れるだけのキス。

互いの感触と想いを伝えた口付けは少し距離を置いては角度を変えて何度も重ねられた。

だが不意に遠慮がちに亜美が進入して来てまことは慌てて離れた。

「っ…!」

目を見張るまことに亜美の照れた笑みが映る。

理性を総動員させ無理やり捻じ込んだ欲が首をもたげようとするのを更に捻じ込む。

そんなまことの努力と根性を無視して亜美は再びキスを求めた。

「駄目!」

その求めには応えずまことは亜美を強く抱きしめた。

歯をきつく噛み締め、拳を痛くなるほど握り、波が治まるのを待つ。

「駄目だよそんな事しちゃ…。亜美ちゃんにそんな事されたらあたし…自分を止めれなくなる…」

強い衝動に耐えるまことの瞳に薄っすらと涙が滲む。

「亜美ちゃんが嫌がっても…喚いても…止められなくなるよ?だから、お願いだから…そんな事しないで…」

自分ではもうどうする事も出来ない欲を吐露する事でまことは落ち着けた代わりに亜美の顔は見る事が出来なくなった。

驚いているのか、それとも嫌われたのかまことの腕の中の人は動こうとはしない。

5分も経っていない筈の時間が永遠に感じられる。

やがて亜美の溜め息が耳元を掠めた。

「…ばか」

「…え?」

「私さっき言ったじゃない。例え何があってもまこちゃんの側にいるって…」

「亜美ちゃん?」

ゆっくりと体を離したまことが亜美を見つめる。

「気づいてたわ…。少し前から…まこちゃんが私をどうしたいと思っているか…」

真っ直ぐにまことを見つめ亜美は続けた。

「さっきだって本当は冗談のつもりじゃなかったって気づいてた…」

「あ、あれは…」

「本気だったんでしょ?」

言い訳しようとするまことを亜美がぴしゃりと遮断する。

一度開けられたまことの口は言葉を紡がないまま閉じられ、きりっと歯音を立てた後にもう一度改めて開かれた。

「…うん。本気…だった。本当は…あのまま亜美ちゃんを…」

膝の上でくっと拳が握られる。

「あたし今自分は幸せだと思ってる。仲間と呼べるみんながいて、側には好きな人がいてその人もあたしの事を好きだって言ってくれている。これ以上望む物なんて無い筈なのに…。なのにどんどん欲が出てきて…」

まことの震える手が躊躇いがちに亜美の頬に触れた。

「今は…亜美ちゃんの全てが欲しいと思ってる…。心も…体も…」

どこか自嘲気味な笑みをまことが浮かべる。

「…ごめんね」

ふるりと亜美が首を振る。

柔らかい頬を撫でていた手が離れようとした時亜美がその手を取り両手で包んだ。

「亜美ちゃん?」

「本当ばかね」

ふわりと笑い、取った手にキスをすると亜美はゆっくりとまことを引き寄せる。

「私はまこちゃんが好きよ。例え何があっても…。例え…」

まことの背中に腕を回し耳元で囁く。

「何をされても」

「亜美ちゃん…」

はっきりと告げられた亜美の気持ちに応える様に背に腕を回したまことはそれでも信じられずに問いた。

「…本当にいいの?もう…あたし、止められないよ…?」

「…止めなくていい」

「…うん」

力強く亜美を抱くと優しいキスを送る。

何度も啄ばむキスは徐々に深みを増し亜美が喉を反らす。

「…ん…」

絡まった二つの想いが一つになり互いを求め合う。

くちゅと淫らな音を立て幾度となく交わり高まっていく熱に動かされまことは亜美の体をソファーに沈めた。

一度顔を上げると自分の下にいる亜美を見つめる。

髪を梳いて頬をゆっくりと撫でる。

「好きだよ…」

「…私も」

「うん…知ってる」

くすりと笑って手の下で赤く染まる肌にゆっくりと口付けまことはもう一度唇を重ねた。

亜美の腕がまことの首に回されまことが唇の位置をずらす。

頬から耳へ、耳から首筋へと移動したその先への前奏曲。

「あ…」

亜美の口から甘い声が漏れまことの熱を刺激する。

亜美の白いブラウスのボタンを一つ、二つと外し唇が所々に軌跡を残しながら後を追う。

「ふ…ん…」

口元を手で覆い声を殺す亜美の手をまことは取って押さえつけた。

「声…抑えないで…」

「でも…」

ふるふると恥ずかし気に首を振る亜美にまことが意地悪な笑みを浮かべる。

「もっと聞きたいよ。誰も聞いた事の無い亜美ちゃんの…声…聞きたい」

「…意地悪」

「そうだよ。あたし意地悪いもん」

躊躇う亜美に音を立ててキスをしたまことがゆっくりと行為を再開する。

が、

聞き覚えのある高い音が玄関から聞こえ二人は一気に体を起こした。

二人同時に壁に目を向けると時計がしたり顔で正午を教える。

「げっ!」

「やだ…」

頭が真っ白になったまことと亜美に時間切れーとチャイムの音がもう一度部屋にこだました。

「みんなだ!」

叫んだまことが転げる様にソファーから飛び降りる。

実際転げそうになったのを寸での所で踏ん張れたのは類い稀な運動神経のお陰かもしれない。

「まこちゃーん?いないのー?」

「亜美ちゃん先に来てるんでしょー?」

「あ、もしかしてお邪魔しちゃったー?」

最後に聞こえた美奈子の声に二人は飛び上がった。

「ち、ちょっと待って。今、開けるから」

大きな声で叫んだまことは忙しく亜美に振り返った。

「だ、大丈夫よ!うん!大丈夫!」

ブラウスのボタンを留め、大丈夫と繰り返す亜美にまことがこくこくと何度も頷く。

「じ、じゃあ、あ、開けるね」

「え、ええ…」

真っ赤な顔で相槌を打った亜美を見てまことがばたばたと玄関に走って行く。

がちゃりと扉が開く音を聞きながら亜美は深呼吸を繰り返しながら乱れた髪を整えた。

みんなと一緒に戻って来たまことと目を合わせると照れながら笑む。

一歩進んだ様な一歩後退した様なまこととの仲はまだまだこれからだった。



追記…勉強会は亜美の首筋を鋭く見届けた美奈子とレイの突っ込みによって見事に失敗に終わった…。   合掌

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