のんびりした午前中。
ニトロも使わずに無事に警邏を終えた美幸と夏実はお昼前に墨東署
に戻る事が出来た。
「美幸、私コーヒー買って来るから先に交通課に戻ってて」
署内に設置された自販機を指して夏実は言った。
「じゃあ業務日誌貸して」
夏実が手にしている日誌を美幸は指す。
「私から課長に提出しておくわ」
「そう?んじゃ宜しくー」
おどけた敬礼をする夏実に微笑んで、業務日誌を手にした美幸は
交通課に戻った。
「只今戻りました」
「美幸さん、お帰りなさい」
「ただいま。葵ちゃんも戻ってたんだ」
「ええ。先ほど」
ふわりと微笑む葵の隣の席が空いている事に気づいた美幸は聞く。
「頼子は?」
「お茶を入れに行ってます」
視線で給湯室を指す葵になるほどと美幸は思う。
「夏実さんはどうされたんですか?」
「コーヒーを買いに行ってるわ。頼子と同じようなものね」
「そうですね」
似たような行動を取っているお互いのパートナーに美幸と葵は笑
い合う。
一頻り笑った美幸はふと、葵の手元に広げられた雑誌に目を留めた。
「あれ?葵ちゃんその雑誌…」
「あぁ、これですか?」
雑誌を上げて葵は美幸に見せる。
表紙には『和食、家庭の味』と黒で大きな見出しが書かれていた。
「最近和食に凝ってるんです」
「ちょっと見せて貰っても良い?」
「ええ、どうぞ」
ぱらぱらと美幸が雑誌を捲る。
料理雑誌は所々に付箋が貼られていた。
中には赤い文字で調味料の分量が訂正されていたり、材料が付け
加えられていたりと実践した後も窺える。
男にしておくには惜しいと美幸は思う。
「良ければその本、お貸ししましょうか?」
「でも葵ちゃんが困るでしょう?」
「大丈夫ですよ。作ってみようと思っているお料理はもうノートに
纏めてありますから」
当然と言って、葵は一冊のノートを引き出しから出した。
『和食用レシピ』と表紙に書かれている所から察するに洋食用や
中華用のノートもあるのだろう。
「じゃあ借りても良い?」
「ええ、どうぞ」
コマ目さにほとほと感心しつつ、美幸は葵の言葉に甘える事にした。
軽く目を通すと、小鉢に入ったお浸しや、メインになりそうな揚
げ物が丁寧に解説されている。
どれも夏実が好きそうだと美幸は思う。
「葵ちゃんのお勧めとかある?」
「そうですね……。これなんかどうですか?」
言って、葵はページを捲る。
「簡単で美味しかったですよ」
葵が指したのは筍の酢味噌和えだった。
木の芽も添えられ、春を感じさせる盛り付けになっている。
「このレシピで作ると酢味噌が美味しいんです」
言って、葵は別のページを捲る。
「あとこちらの鰆の塩焼きもどうですか?」
「あ、良いわね。春らしくって」
煮付けよりもシンプルに素材の味を楽しむ夏実が喜びそうだと美
幸は思う。
「それからこちらの・・・…」
葵のお勧めは的確で。
話を聞いている美幸は帰りに寄るスーパーでの買い物リストを頭
の中で整理する。
「ありがとう葵ちゃん。お陰で今日のお夕飯が決まったわ」
「いいえ。お役に立てたなら私も嬉しいです」
言って、葵は微笑む。
「きっと夏実さんも喜びますよ」
不意に出された名前に、美幸は一瞬反応出来なかった。
葵を見つめるとただ微笑まれ。
間を置いて美幸の頬が赤く染まる。
「べ、別に私は夏実の為じゃなくて……」
「私がどーかした?」
「夏実っ!?」
驚いて振り返る夏実が両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
口は買って来たコーヒーの缶の端を器用に咥えている。
「どーしたの?そんなにびっくりして」
「う、ううん。何でもない」
不思議そうな夏実に慌てて美幸は首を振った。
「し、知らないうちに後ろに立ってるから驚いただけ」
「あ、そう?」
半信半疑のように首を傾げて口から手へとコーヒーを夏実は持ち
帰る。
「ところでさ。二人して何を見てたの?」
問われた美幸の頭に先刻の言葉が過ぎり。
「お料理の本ですよ」
思わず押し黙ってしまった美幸の代わりに葵は言った。
「私が先日買った本なんですけど、夏実さんもお読みになられます
か?」
「見せて見せて。美味しそうなの載ってる?」
食べ物に目の無い夏実は身を乗り出して葵から雑誌を受け取る。
「どれどれ」
目を輝かせながら夏実は料理の本を読む。
「あ、これ美味しそう。でもこっちも食べてみたいなー」
和食が主体の本のせいか、色々と迷うようで。
目移りしながら夏実はページを捲っていく。
不意に夏実の瞳が輝いた。
「美幸美幸。私これ食べたいっ」
嬉しそうに気に入った料理のページを見せる夏実に美幸は言葉を
失った。
夏実を激しく揺さぶった料理。
それは先刻、葵が薦めてくれた筍の酢味噌和えだった。
「駄目?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
「じゃあOK?」
「う、うん。…丁度今日のお夕飯にしようと思ってた所だし…」
「ほんと!?やった!」
嬉しそうに喜ぶ夏実とは裏腹に美幸の心中は穏やかではない。
横目で葵を窺うとただ微笑まれ、思わず美幸は俯く。
葵にそんなつもりがあったとは思わないけれど。
何となく、本当に何となく。
楽しまれている感がする。
そんな美幸の気持ちを知ってか知らずか夏実は上機嫌で美幸に言った。
「筍ってさ、春って感じがして良いよねー」
「そ、そうね」
「そうだ。折角だからさ、春の物ばかりの御飯にしない?私も手伝
うから」
「それは…良いけど…」
夏実の提案に一つの予感が美幸に過ぎる。
その勘は夏実の好みを熟知しているからこそ感じる物で。
普段なら嬉しく思う。
だが、今は少々素直に喜べない。
「んじゃね。あと菜の花のお浸しとふきのとうの天麩羅と…。あ、
あとこれも良いなー」
言って、夏実は刺激された写真を指す。
「鰆の塩焼き」
笑顔で言う夏実に美幸の頬が薄く染まる。
「美幸も魚好きじゃない。どっかな?」
「う、うん。そうね。良いわね…」
困った顔で頷きつつ、横目で葵を覗くと、先刻まで隣にいた葵は
何時の間にか消えていた。
葵の静かな心遣いを心の底から感謝して。
楽しそうな夏実に気づかれぬよう美幸は胸元を押さえた。
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さり気なく葵ちゃんは強いと思います。
料理話の予定が葵ちゃんに遊ばれる美幸のお話に
なってもうた・・・(爆)



