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二つの月(MADLAX・マーガレット=マドラックス)

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 西洋のだだっ広い屋敷の中央に位置した広間の更に中央で、陶器で作られた

ポットから紅茶が曲を描きながらカップへと収まって行く。

 ポットに掛けられた指がついとキレの良い動作を見せ、ポットの口を汚す事無く

紅茶を切る。

「お嬢様、お茶が入りました」

 言って、メイド服に身を包んだエリノアはテーブルにティーソーサーとカップを置
いた。

「ありがとう」

 一人用のソファーの上で体育座りをしていたお嬢様こと、マーガレットが微笑む。

 TVの電源を落とし、のんびり足を伸ばす。

 静かにソファーから離れるマーガレットをカップの暖かい湯気がまだかなと待つ。

「あ…」

 ふと、カーテンの隙間から差し込む明るさにマーガレットは気づいた。

 カップへ向かれていた足がくるりと反転する。

 カップの心露知らず。

 マーガレットは窓際に向かった。

 カーテンを開き、ぼんやりと月を眺める。

「お嬢様。如何なされましたか?」

 放心するかのように月を見上げるマーガレットにエリノアは問いた。

「…月…」

 瞳に写る真円のみをマーガレットは呟く。

 窓の硝子に手を沿え、身じろぎ一つしない。

 心此処に非ずと言った所か。

 二つに分けられた三つ編みのが時折微かに揺れる。

 くすりとエリノアが笑んだ。

 足音立てずにマーガレットの側に寄り、同じように月を眺める。

 明るく光る白い月は部屋の明かりよりも輝き、間近で光る一等星をくすませた。

「綺麗ですね」

「うん」 

 視線を外さないまま頷き、マーガレットは窓を開けた。

 食いるように前のめりで見上げる。

 暫く窓際を離れなさそうなマーガレットにエリノアは数歩後ろに下がった。

 背を向け、待ち草臥れたカップとソーサーを下げる。

 代わりにカーディガンを一枚手に、マーガレットの元へエリノアは戻った。

「お嬢様。これを羽織り下さい。そのままでは風邪を引いてしまいますわ」

「うん…」

 心此処に在らずなマーガレットは頷くだけで振り返らない。

 少し肩を竦め、エリノアはマーガレットの肩にカーディガンを掛けた。

「ねぇエリノア」

 やっと現実に戻って来たのか。

 マーガレットはエリノアを呼んだ。

「何ですかお嬢様」

 体の前で手を重ねエリノアは微笑む。

「ヴァネッサもこの月見てるかな?」

「そうですね」

 言って、エリノアはもう一度真円を見上げた。

「きっと見てるんじゃないでしょうか?」

 世界何処で見ても変わらない月は遠い空の下でも同じ輝きを放っているだろう。

「この白い月を」

「白い?」

 きょとんとマーガレットが首を傾げた。

 月とエリノアを交互に見つめる。

「白い…」

 不思議そうなマーガレットにエリノアは目を瞬かせた。

「私何かおかしな事言いましたか?」

「ううん。何でも無い」

 ふるふる首を振って、マーガレットは月に視線を戻す。

「白くて…赤い…月…」

 ぽつんと落ちた呟きが聞こえたのか、真円が一際輝いた。

 厚い密林に覆われた遠い空。

 高温多湿の世界は一定の年月を決める事無く、戦争が続いていた。

 ニュースで頻繁に名を馳せる戦争国ガザッソニカ。

 唯一の非武装地域も確実に安全とは言えなかった。

 それでも、武装地区に比べれば飛び交う銃弾の数も少なく、観光客も多い。

 その非武装地域のホテルの一室でヴァネッサはノートパソコンに向かっていた。

 眼鏡を掛け画面に向かう顔つきはキャリアウーマンその物だ。

 一心不乱に仕事に没頭する。

 他人の目には素晴らしい仕事風景も同室のマドラックスから見れば無防備とし

か言いようが無い。

 転がっているソファーからマドラックスはヴァネッサに話し掛けた。

「相変わらず無防備ね」

「え?」

 画面から視線を上げたヴァネッサが眼鏡を外す。

「マドラックス何か言った?」

 届かなかった問い掛けにマドラックスは肩を竦めた。

「何でも無いわ。それより少し休まない?昼からずっとその調子なんだもの。見て
て疲れるわ」

 言われて、ヴァネッサは腕を組んだ。

 首を横に倒すとコキと骨が鳴る。

「そうね。少し休もうかしら」

「お茶淹れるわ」

 肩の力を抜くヴァネッサにマドラックスは立ち上がった。

 部屋の隅に備え付けられたカップに紅茶のティーバッグを入れる。

 後ろ姿だけ見るとその筋では有名なエージェントとは到底思えない。

「本当、見えないわね」

 普通の女の子の後ろ姿にヴァネッサは笑んだ。

「え?何か言った?」

 振り返るマドラックスにふるりと首をヴァネッサは振る。

「何にも」

 言って、ヴァネッサは窓際に歩んだ。

 カーテンを少し開け、窓を開けると新鮮な空気が部屋へと流れ込む。

 都会とは異なり夜闇はかなり深い。

 木々の葉が擦れる音だけが耳に届く。

「こうしてると戦争してるとは思えないわ」

「見た目わね」

 お茶のたゆたう二つのカップの一つをマドラックスはヴァネッサに渡した。

「実状は全く違うわ」

 ふぅとカップにマドラックスは息を吹きかける。

「この国はいかれてるもの」

「マドラックス…」

 幼い頃からエージェントとして生きて来たマドラックスにとって戦争は当たり前の
日常で、平穏な人生を送って来たヴァネッサには想像できない。

 言葉を掛ける事すら惑うヴァネッサにマドラックスは続けた。

「他の世界と変わらない物と言えば…そうね…」

 ゆっくり空を見上げる。

「あの月くらいかしら」

 微笑むマドラックスにヴァネッサは月を見た。

 真円は平和を象徴するように明るく輝いている。

「そうね…」

 ふっとヴァネッサは微笑んだ。

「月だけは世界何処で見ても変わらないわね。この白い月だけは…」

「白い?」

 きょとんとするマドラックスにヴェネッサは繰り返す。

「白いでしょ?ほの白いと言った方が正しいのかもしれないけれど」

「白…」

 手すりに手を添えてマドラックスは月を凝視する。

「マドラックスどうかしたの?」

「ううん。何でも無い」

 言って、くるりとマドラックスは身を翻す。

「そろそろ中に入りましょ。ずっと外にいるのは危険だわ」

 ヴァネッサの背を押し、マドラックスは部屋へと促した。

 窓を閉め、鍵を掛ける。

 カーテンを引き、月を隠す寸前、微かにマドラックスが呟く。

「白い…青い月…」

 空の真円は青く輝いていた。

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