どれ位、背を貸していただだろう。
シャワーの口から落ちていた雫も気づけば、垂れる物が無くなっていた。
動かないでいる濡れていたなつきの肌が次第に乾く。
ただ、唯一。
静留の貸している背中だけがしっとり濡れている。
暖かい。
否、熱い。
回された腕は酷く火照っていて、苦しんでいた。
静かになつきが息をつく。
酷い事をしていると、思う。
あの時。
共に逝く時、一番大切だと言った気持ちは本物。
今でもそう思っている。
静留も嬉しいと言って消えた。
だけどそれは……。
今までよりも、伝えれない想いを秘め続けた時よりも。
楽になった。
それだけの事だ。
静留が本当に求めているのは、親友じゃない。
気持ちを受け入れて貰う事でもない。
ただただ欲しいのだ。
なつきの心も、この身体も…。
シャワーの口からぽつんと最後の一滴が垂れた。
なつきの肌も完全に乾いている。
寒いと、なつきが思う。
身体よりも心が。
求めて、求められて、同じ想いなのに。
根底が交わらない。
一番深い場所は離れたまま。
指先すら触れない。
蝕の祭りの前も終わった後も。
それだけはどうしても変わらない。
ふと、静留が身じろぎした。
「…なつき」
ゆっくりと呼ばれ、なつきが振り返る。
「静……っ!」
なつきは息を飲んだ。
熱に浮かされた表情。
情に濡れた瞳。
結ばれた唇は血が滲むように紅い。
「し、ず……る」
震える唇が、上手く言葉を結べない。
名を呼ぶだけで、拮抗を保っていた何かが壊れそうで。
なつきは躊躇う。
「なつき…」
なつきの背筋がそぞろ立った。
名を呼ばれただけで肌が粟立つ。
「なつき」
回した腕に力が篭った。
一拍置くように吐いた息がなつきの背を撫でる。
「…好きどす」
びくんとなつきが身体を震わす。
もう知っている筈の想いがなつきの胸を突いた。
「好きどす」
先刻よりもはっきり耳に届く。
強めの口調が、何度も脳内で木霊する。
「…愛してます…うちはあんたを…愛してます…」
何時果てぬとも知れぬ想いを、回された腕に手を添えてなつきは止めた。
「解ってる…。もう、知ってるから…」
大丈夫だと言うように掻き抱く掌をなつきは強く握り締める。
「……堪忍な。好きになってしもて」
こつんとなつきの肩に静留は額を擦り当てた。
「こないな気持ち、持たへんかったら…親友でいられたんに」
「気にするな。考えても…どうにかなるもんじゃないだろ?こういうのは…」
言って、なつきは唇を噛んだ。
そう、どうにかなるものじゃない。
悩んで、考えて、気持ちをコントロール出来るなら幾らでも悩む。
それで、静留に応えられるのなら。
そんな事で、静留の気持ちを変えられるのなら。
今頃、お互いこんなにも痛い程の切なさは感じない。
ほぅとなつきは息を吐いた。
「静留…」
「…何?」
「好きだから…。お前と同じ気持ちじゃないけれど…」
瞳を閉じ、伝わるようにとなつきが響きを強くする。
「愛してるから」
我に返るように静留は目を見開いた。
「な、つき…」
口にするような人ではないのに。
照れ屋で、意地っ張りで、頑固で。
自分の想いを簡単に表に出すような性ではないのに。
「私も…愛し、てるから…」
耳まで赤くしてなつきは続ける。
「阿呆…」
「な、何だと!?」
「振り返らんといて!」
静留を見ようとするなつきを強く抱き締めて静留は制す。
「お願いやから…うちを、見んといて…」
懇願する声は涙が入り混じっていて。
振り返るのをなつきは止めた。
「なつきは…あんたは、酷い人やわ…」
「…済まない」
自覚があるなつきが素直に謝る。
「うちに…酷い事ばかりしはる…」
「そう、だな…」
振り払うのも優しさ。
応えられないのなら、突っぱねるのも思いやり。
解っているのに行えない自分は愚かだとなつきは思う。
「憎んでも、いいぞ」
膝の上で拳を握るなつきを、驚いた顔で静留は仰いだ。
「そないな事……」
出来る訳が無い。
そう言いかけて静留は唇を噤む。
再び背に額を預けると、黒髪が目に映えた。
真っ直ぐで艶やかな彩。
何度密かに口付けだろう。
意識が無いなつきに、どれだけ想いを告げた事だろう。
「……せやね」
息と共に静留が吐いた。
憎めたらどんなに楽か。
同じ気持ちを持てないと言いながら。
愛してる、と囁くこの人を恨めたらどんなに心が軽かろうか。
「憎いわ…」
ぽつんと静留は呟いた。
「うちは、なつきが……憎い」
慟哭のような呟きに、なつきが歯を食い縛る。
自分で言うのと、静留に言われるのとでは、どうしてこうも違うのか。
覚悟していた筈の苦しみになつきは苛む。
「憎うて、憎うて、どうしようもないのに……何でこないに…」
愛しいのだろう。
憎めば憎むほどそれ以上に愛しさが募る。
嗚咽すら吐けなくなるほどに、涙すら失うほどに。
愛しさだけが増す。 はぁと大きく静留は息を吐いた。
心が暴れている。
壊れた檻を取り替えてもう一度閉じ込めてみたけれど。
それは、とても脆い鍵が掛かっているだけ。
以前のように硬く、封じれない。
身体が、心が。
なつきの全てを欲して荒れ狂う。
理性を忘れ、自我のままに檻を脱走しようと試みる。
「なつき…」
するりとなつきの肌に静留は手を滑らした。
吸い付かせるように、でも躊躇するように。
ゆっくりとなつきの身体に掌を纏わりつかせる。
「ん…」
脇腹に触れられ、なつきがぴくんと身体を震わせた。
「し、ずる?」
掠れた声が敏感に静留の変化に気づいて、振り返る。
濡れた瞳がしっとりとなつきを見つめた。
滑らすようになつきの胸に触れる。
「お、い…しず……」
止めようとした手が払い除けられた。
「ま、て…て……んん!」
体ごと振り向くと唇を塞がれる。
「っ…ふ…ぁ…」
不意の深い口付けはなつきに呼吸すら許さなかった。
絡められた舌がもっと、と言う。
蹂躙され、貪られ、唾液すら飲み下される。
嚥下した静留の喉がごくりと音を響かせた。
それでも、静留は唇を離そうとはしない。
顎に手を掛け、もう片方の手でなつきの胸を上下に揺らす。
ゆっくりと優しく、時には嬲るように激しく。
悲しい事に、その度になつきの身体は大きく反応した。
息が絶え絶えになり、身体が急激に力を失っていく。
目の前が白くなる。
何も考えられなくなる。
その中で、感覚だけが静留の存在を離そうとしない。
ぴちゃと音を立てた静留がようやっと唇を離した。
「し……ず……」
酸素を求めて荒い呼吸をなつきは繰り返す。
だが、それは束の間の休息で。
首筋に舌を這わす静留に、なつきはまた息を詰めた。
「や、め…静…」
肩を押し返そうとしても、急速に抜けた力は急激には戻ってくれない。
弱々しく添えるだけが精一杯だ。
その間にも、静留の唇は首筋から鎖骨へ。
胸の頂きへと移動する。
「ふ…ん…っ。……痛っ!」
きゅうと強く噛まれ、針を刺されたような痛みになつきの身体が竦む。
「敏感やねぇ」
「そ…う…問題、じゃ…ない、だろ…んぁ…」
もう片方の膨らみも口に含まれ、なつきが身悶えする。
先刻とは対照的に静留は優しく触れた。
謝るように唇を使い、柔らかく吸う。
知らない感覚がなつきの背を這い上がる。
「頼むから…も、止めてくれ…静留」
眦に涙を溜めて、なつきは懇願した。
「何でぇ?」
ぷつんと静留が唇を離す。
「気持ち良ぅないん?」
「な、るか…こんな…で…」
「そうどすか?」
きょとんと静留が首を傾げた。
年相応の幼さが一瞬乗り、なつきが薄っすらと瞳を開ける。
不思議そうに瞬く瞳がなつきを安堵させた。
しかし次の瞬間、するりと内腿を撫で上げられ、幼さが掻き消えた。
残ったのは自嘲にも似た、空ろな笑み。
内腿の、付け根近くを指が滑る。
「…っ…」
零れそうになった声を、唇を噛んでなつきは潰した。
「ほら、こないに気持ち良さそうにするやないの」
「ち、違…」
「照れんでもええんよ?」
過剰な反応を耳元で囁かれ、羞恥でなつきの頬は赤く染まり、 楽しむように静留が笑む。
「なつきかて…女や、さかいに…な?」
女。
理性ではどうにもならない深い部分を擦られ、 振り切るように激しくなつきは首を振った。
「違う…違う!!私は…」
「何も違わへんよ」
「―――っ!」
本能に抗うなつきをあっさり静留は否定した。
なつきの頬に頬を摺り寄せ、耳朶を食む。
「うちも女…。気持ちええとこはよぉ解るんよ…?」
妖艶に微笑み、耳元に囁きを落とし、静留はなつきの中心へ触れた。
「っ!」
なつきの身体に電流が走る。
痺れるような、打ち震えるような奇妙な感覚。
「ほら…な?」
想像通りの反応だったのか。
静留が楽しそうに指を奥へと滑り込ませる。
「うっ…あぁ!!」
悲痛ななつきの叫びが浴室に響き渡った。
静留の指が淫らな音を絡ませ、嬉しそうにはしゃぐ。
「思った通りやわ…」
くすりと静留が微笑んだ。
「なつきん中、狭くて…でも、暖かい」
言って、なつきの胸の膨らみ口付ける。
「あんたのここと一緒…」
幸せそうに擦り寄りながら。
「暖かく…うちを包み込んでくらはる」
悲しそうに静留は瞳を伏せた。
なつきに凭れ掛かりながら、堪えるように唇を噛む。
その間も指だけ別の意思を持っては蠢き続ける。
「静…や、だ。…痛…い」
我慢出来ずになつきが静留の手首を両手で掴んだ。
先刻からの奇妙な感覚に惑わされ続ける指には力が入らない。
「せやろなぁ。なつき、こないな事初めてやろ?」
言って、静留は指に力を込めた。
「ふわっ…!!」 添えるのが精一杯だった指が滑り落ちる。
それでも、静留は動くのを止めなかった。
「どうなん?うちが初めての相手やないの?」
問いながら、なつきを昂ぶらせる。
「頼む…から、やめ…くれ」
唾液を顎に伝わらせたなつきが弱々しく首を横に振った。
「お願い、だ……静留……」
目頭が熱い。
頬を伝ってしまいそうな雫は目蓋を閉じても堪え切れそうになくて。
短い呼吸をなつきが繰り返すと案の定、涙が零れ落ちた。
「答えになってへんよ。…なつき」
留めなく流れる涙を舌で掬い、静留はなつきの中の指を半回転させる。
「ぐぅ…っ!」
歯を食い縛ってなつきが堪える。
「は……はぁ…、た、のむ……」
荒い息を吐きながら、なつきは静留の肩に頭を寄せた。
「でないと、私はお前を……」
その後、言葉は続かなかった。
嫌だと言うようになつきが唇を噛む。
「お願い、だ…静留」
「…なつき」
ぐっと強く静留が指を押し込んだ。
「んん…っ……!」
たまらずなつきが強く瞳を瞑る。
「憎んで…ええよ」
ぽつんと静留が呟いた。
泣きそうな声は聞き取れない程小さい。
殆ど、唇だけの呟きだったというのに、はっきり聞こえたのは、 あえて紡がなかったせいなのか。
薄っすらとなつきが瞳を開ける。
淀んだ視界に静留の輪郭が浮かんだ。
「うちを憎んでええよ」
静留が繰り返す。
嫌がったなつきの代わりのように。
「憎んで…憎んで……憎み、きって…」
覚束ない輪郭は、このまま消えてしまいそうなのに、声だけは意思を主張した。
「その上で……うちを、愛して…や」
切ない響きを聞かせる唇がなつきと強く交わろうとする。
柔らかく、熱く、どこまでも深く。
それでも、隙間は出来てしまい。
どうしても満たされない。
不意に、静留の指が速度を速めた。
「んん…っん!」
なつきの痛みは荒い息と共に全て静留の唇に受け止められる。
速度は速さを増すばかりで、壊そうとするようになつきを掻き乱す。
体の端から端まで。
芯の奥の奥まで。
本当の望みを、欲っする心を、忘れるなと静留が楔を打つ。
びくりとなつきが大きく跳ね上がった。
小刻みに身体を震わし、朽ちるように項垂れる。
自然と唇が離れ、静留は息をつく。
なつきを翻弄していた指を抜くとしっとり濡れていた。
ぺろりと一舐めしてみれば、微かに血の味がする。
どこか傷つけたのかもしれない。
「…なつき」
呼んでも応えは無かった。
ただ、だらりと垂れた腕だけが静留の瞳に映る。
目尻に涙。
頬に溢れた痕跡を残す。
軽く引き寄せると、有無を言わない身体が静留の胸に寄り掛かった。
「堪忍な…」
静留から一筋、涙が伝った。
なつきの頬と同じように、痕が残る。
どれだけ傷つければ気が済むのだろう。
受け入れられないと理解しながら。
求めて心を傷つけた。
手に入らないと知っていながら。
奪って身体を傷つけた。
そして全てが終わった今でさえやはり傷つける。
心も身体も同時に。
「ほんま…憎んで、ええのに…」
憎まれても仕方ないと思うのに。
なつきは口にしなかった。
きっとこれからも憎まれないのだろう。
例え何をしようと。
どれだけ傷つけて、奪おうとも。
なつきは静留を許す。
本当の、静留の本当の望みを叶えないままに。
共に在るのだろう。
「お互い、憎めたら…楽なんやろうなぁ…」
呆然と静留は天を仰いだ。
そうすれば離れられる。
顔を見なくても苦しい想いをせずに済む。
清々した顔で生きられる。 でも、出来ない。
この身が果てても無理だと、静留は思う。
叫びたくなるほど苦しくても。
どれだけ傷つけると知っていても。
残酷な優しさに縋ってしまう。
「…なつき」
切なさを響かせて、静留はなつきを抱き締めた。
確かな温もりが互いの肌を暖める。
「うちは、あんたを……」
頬を撫で、静留は瞳を伏せる。
「…愛してます」
囁きは重なった唇に溶け、涙に濡れた口付けは、どこまでも冷たかった。
続・風呂場-裏の裏-(舞-HiME・静留×なつき)
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