うやうやしく、マシロを見送ったシズルは静かに顔を上げた。
隣ではナツキが嘆息している。
相手が姫では、言いたい事があっても言えないせいだろう。
学生の頃に比べて我慢強くなったものだとシズルが見つめていると、
ナツキが視線に気づいた。
ふいと顔を背けられる。
まだアリカが残っているというのに、腕を組んで、唇を尖らせるナツキは学園長として
の態度をすっかり忘れていた。
アリカもまたナツキとは違う怒りが治まらないのか、もういないマシロに対して
体全体でアッカンベーをしている。
その誰が相手でも態度を変えない所が、落ち着いた筈の不貞腐れている
誰かの学生時分をシズルに思い出させた。
「さ、可愛いしい舌をもう閉まって。あなたももう行かへんとね」
背を抱くようにして、シズルはアリカを出口へと促す。
「え?お姐さんと学園長さんは?」
大きな瞳を瞬かせてアリカがシズルに問う。
「うちらはまだ用意があるさかい。先に行っておくれやす」
肩を竦めるようにして、ちらりとシズルはナツキを見た。
顔はあくまで壁の方に。
こちらは意識的に蚊帳の外へ。
なのに右足はたたらを踏んでいて、吹き出しそうになるのを懸命にシズルは堪えた。
「すぐ行きますさかい。大人しゅう待っといてな」
「はい!解りました!」
大きく頷いて、アリカが入り口へと走って行く。
途中、体ごと振り返って大きく手を振るアリカにシズルは振り返した。
完全に見えなくなってから、ナツキの元へとシズルは帰って来る。
「元気で可愛いおすなぁ」
「…そうだな」
応えたナツキの声はぶっきらぼうで。
顔は明後日に向けたままだ。
「ナツキ」
呼ばれて、ナツキが視線だけをシズルに向ける。
「先刻から何拗ねてはるん?」
「…別に。拗ねてなんかいない」
言って、ふいとシズルからナツキは視線を外す。
その動作がもう拗ねていて、シズルがくすくす笑う。
「ナツキ」
そっとナツキの後ろへとシズルは忍び寄る。
「お、おい」
身じろぐ胸元に腕を回して、シズルはナツキを抱き締めた。
「あれは、ローブを制御する為どすえ?」
「そんな事、言われなくても…解ってる」
「せやねぇ。解ってはるよねぇ」
くすりと笑んで、わざとシズルはナツキの耳元に囁く。
「頭では、ね?」
心の内を全て見透かす一言に、ナツキの顔が一気に火照った。
「べ、べべ、つに、私は、何も…気にしてなんか…いない、ぞ…」
動揺がありありと声に表れ、それでまた慌てるナツキの耳朶を、
シズルの忍び笑いが擽る。
耳にはピアスが一つ。
洗練された宝石がマイスターの証として左耳に嵌まっている。
「このままナツキのGEMにもキスしてしまおうかしら?」
さらりと、とんでもない事を言われ、ナツキは目を見開いた。
「ば、馬鹿!そんな事したら…!!」
「でも、うち久しぶりにナツキのローブ姿見たいわぁ」
「そんな理由でマテリアライズさせようとするな!」
暴れまくって、捕らえている腕からナツキはようやっと抜ける。
「あら残念。氷雪の銀水晶のナツキは普段にも増して格好ええのに」
「シズル!」
本気で怒るナツキに対して、シズルは声を出して笑う。
「そないに怒らんでも、冗談に決まっとるやないの」
「お、お前の冗談はタチが悪過ぎる!」
「ほなこれならええどすか?」
足音も立たない身のこなしでナツキの正面に回ると、シズルは掠めるように口付ける。
不意打ちのキスにナツキは反応出来ない。
「ここならマテリアライズせぇへんし、ナツキの御機嫌も直りますやろ?」
ね?と首を傾ぐように微笑まれ、やっと眉根を顰めてナツキは睨む。
「あのな」
「あかんえ?そないな顔すると可愛いらしいおでこに皺が寄ってまうやないの」
言って、悪びれもせず軽くシズルは眉間にキスを落とす。
「…ったく」
諦めたような溜め息がナツキから落ち、緩やかに眉間の皺が伸びた。
「お前には…負ける」
するりと腰に手を回し、胸元に甘えてくるナツキをシズルは受け止める。
「嫌やわ。うちの方が負けっぱなしやのに」
爽やかな香りの髪にシズルが頬を摺り寄せると、不思議そうにナツキは目を瞬かせた。
「何時お前が私に負けたんだ?」
「よぉ言いますやろ?先に惚れた方が負け。って」
進んで負けを認めようとするシズルに、暫し考えたナツキが不満そうに呟く。
「…やっぱり私の方が負けじゃないか」
「え?」
「何でもない」
そう言って、聞くなと言うようにナツキはシズルの唇を塞ぐ。
突然の行為に、一瞬驚いたシズルだが、直ぐに嬉しそうに応え始める。
お互いの唇を通って伝わる想いに暫し二人は酔いしれ、
やがて名残を惜しみながら離れる。
と、同時にナツキが乱暴にシズルの胸倉を掴んだ。
「ニ、ニナのローブ制御は私がするからな!」
こればかりは譲らないと真っ赤な顔がシズルを睨む。
「それは…弱りましたなぁ」
言う台詞とは裏腹に、全く困った素振りを見せないでシズルは両手を挙げる。
「次はうちが妬く番やろか?」
込み上げる笑いを噛み殺して、やはりシズルは自ら負けを認めた。



