次に眼が覚めた静留が最初に見たのは、心配そうななつきの顔だった。
「…なつき?」
「静留、目が覚めたのか?どこか痛い所は無いか?」
気遣う声は、落ち着かない様子だ。
何をそんなに心配しているのか静留は不思議に思う。
「うち、どないしたん?」
「お前…交通事故にあったのを覚えていないのか?」
頭を打ったのかと憂うなつきに、額を押さえて静留は答えた。
「…あぁ。確か、信号を無視した車が突っ込んできはって、それで…」
柔らかい包帯の感触が静留に事故の状況を語らせる。
「思い出したのか?」
「ええ」
頷く静留に一安心したのか、なつきは脇に置いてあったパイプ椅子に
腰を下ろした。
「傷はそんなに大した事無いらしい。念のため脳波も調べてもらったがそっちも大
丈夫だと医者が言っていた」
「そうどすか」
「ただ……」
不意になつきの口が重くなった。
落とされた視線の先で、苦々しく拳が握られる。
「なつきどないし……――っ!」
身体を起こした静留に喪失感が襲った。
身体が、軽い。
幾らかの打ち身や打撲で痛みは感じる。
だが、それだけじゃない。
体の中心に穴が開いたような寂寥感が心を痛めつける。
「なつきっ!」
寒けすら覚え、否定を求めた懇願の瞳がなつきを見た。
きりりとなつきが唇を噛み締める。
「静留…子供は……」
「嫌やっ!」
苦々しく絞られた声を静留は遮った。
なつきの両腕を掴み、半狂乱に叫ぶ。
「そんなん嫌や!」
「静……っ」
両腕に静留の爪が食い込み、なつきが顔を顰める。
「落ち着け静留……」
「うちと、うちとなつきの赤ん坊がいなくなるなんて――っ!!」
「静留っ!!」
なつきの叫び声に静留は呆然とした。
「…落ち着いてくれ。軽症とはいえお前も怪我しているんだ」
諭すなつきに、自分の下腹部を静留は見つめる。
「うち、守れへんかった…」
「お前のせいじゃない」
「うちのせいどす」
自分を責めて、静留は首を横に振る。
「うちがもっと気ぃつけてたら、こないな事にならへんかった」
呟いて、静留はお腹に触れた。
「うちが浮かれへんかったらあの子はまだここにおった」
己の体温は感じるのに、鼓動はもう聞こえない。
「うちのせいや……全部……」
殺してしまった。
大切な相手との間に芽生えた命だと言うのに。
些細なミスでこの世に生を与えてやる事すら出来なかった。
焦燥感が胸を締め付け、静留は唇を噛んだ。
泣く事は許されない。
その資格は自分にはないと、静留は嗚咽を飲み込む。
「…すまない」
「なつき…?」
ゆっくり静留が顔を上げると、泣きそうな顔でなつきが微笑んだ。
「私は今、残酷な事を思っている」
言って、ベッドの脇になつきは腰掛けた。
躊躇するように両手の指が絡む。
「安心、しているんだ」
口元に自嘲が浮かんだ。
「私はお前が無事だった事に安心しているんだ。……子供の事よりも」
「…なつき」
「酷いだろ?自分の子供なのに、な」
笑うなつきは泣いていた。
悲しんでいない訳じゃないのが、目に見えて解る。
「私は静留のように、この体に命を抱いた訳じゃない」
絡まっていた指先が幾度と角度を変えては、また絡み合う。
「悲しくない訳じゃないんだ。だが、お前の無事がやっぱり一番嬉しいんだ」
そこで区切り、なつきは長い息を吐いた。
「それにな。正直、まだ早いとも思った」
独白に静留の体が強張る。
「なつき…。やっぱり迷惑、やったんやね……」
「そうじゃない。言葉通りだ」
静留の不安をなつきは、はっきり否定した。
「私にはまだお前も子供も護ってやれるだけの力が無い」
微笑んで、振り返るなつきを静留は見つめ返す。
「そないな事あらへんよ」
「そないな事あるんだ」
わざと言葉遣いを真似したなつきに、静留は無言になった。
「それに、静留の父親にもまだ会っていない」
あくまで挨拶に拘るなつきに、静留は微かに苦笑した。
「もう少し、待っててくれ」
静留の手を取って、なつきは言う。
「お前を、私達の子供を、護れるだけの力を必ず私は身につけてみせるから」
それは願いではなく、強い意志。
なつきが自分で決めた、確固たる決意。
「身につけた時は……生んでくれ。私達の子供を」
言って、手を強く握るなつきに、静留は俯く。
「…せやけど、もぅ…」
子供はもういない。
どれだけ願っても、望んでも子供は帰って来てはくれない。
同性間で、子供が出来るのは、一生に一度あるかないかの奇跡。
二度も起こるとは静留には到底思えなかった。
「…大丈夫だ」
囁くようになつきは言った。
「私と静留は何時だって奇跡の中で生きてきたじゃないか」
見つめると、なつきの瞳は優しさに満ち溢れている。
「静留が私を好きになって、でも私はお前の気持ちには全然気づいていなくて、閉
ざされた蓋が開いた時は、私もお前もHiMEとして戦いの渦中にいた」
あの時、もう少し周囲を見る余裕があったのなら、きっと静留の気持ちにも気づ
く事も出来た筈なのに。
我ながら酷い事をしてきたものだと、なつきは思う。
「それから共に死んで、一緒に生き返って、今はこうして一緒に暮らしている」
静留の頬になつきは口付ける。
「その上、今回はお前の妊娠だろ」
本当に驚いたと笑う。
「私達は奇跡の中で生きているんだ。また奇跡は起きるさ」
断言して、なつきは微笑む。
「その時は二人で、この世界を見せてやろう。私達が護った世界をな」
「なつき…」
なつきに抱きついて、静留は肩に顔を埋める。
「なつき、なつき…なつき…」
泣きじゃくる静留の背をなつきは優しく抱く。
「今回は会えなかったが何時かはきっと会えるさ」
静留の髪を梳いて、なつきは言う。
「私達が一緒にいる限り、会える日は来る」
「せやね。会える日はきっと来はるね…」
「あぁ。必ず来るさ」
なつきを信じて、微笑んだ静留は、お腹に触れ、瞳を伏せる。
悲しくない訳じゃないけれど。
寂しく無い訳じゃないけれど。
「今度は、うちとなつきに顔を見せてな」
会える日を待ち侘びながら、追憶を静留は送る。
同様になつきも瞳を閉じて、祈りを捧げる。
冥福を祈る二人に、空の上から一人の子供が微笑んだ。



