trick so treat

by 瑞穂

9 1月
2016

 それはそろそろ本腰を入れて冬支度を始めなければいけないと感じた十月の終わり頃。
「ねぇ。もしわたしが人間じゃなかったら、未来はどうする?」
 雑誌を見ていた響は突然未来に聞いた。
 テーブルに向かって小説を読んでいた未来が不思議そうに顔を上げる。
 しかし、響は雑誌に顔を向けたままだった。
 未来の後ろで俯せに寝転がり、足をぶらぶらさせている。
 何か意味を持って聞いたようには見えない。
 半身だけ振り返って響が追う雑誌に未来は視線を向ける。
 オレンジ色と黒色が映えたページは、蝙蝠やオバケといったホラーのイメージがあるキャラがどこか愛嬌のあるデフォルメで描かれていた。
 なるほど、と未来は思う。
「人間じゃないって、例えば?」
「ほぇ? たとえば?」
 聞き返された響がようやく雑誌から顔を上げる。
「人狼や吸血鬼やお化けみたいに、人間じゃないと言っても色々あるでしょ?」
「んー。じゃあ、わたしが吸血鬼だったらどうする?」
「レバーとかほうれん草とか。貧血に良いレパートリーを増やさなきゃいけないね」
「それだけ?」
「あと日焼止めをプレゼントするね」
 然して気にも留めない実務的な提案に響は例えを返る事にした。
「じゃあ、おおかみ男だったら?」
「いつから響は男の子になったの?」
「……おおかみ女だったら?」
「満月じゃなくても変身って出来るのかな?」
 言われて、響は窓から空を見る。
 フィーネとの戦いで月は欠けたままだ。
 満月に近くはなっても、満月になる事はない。
 狼に変身しない人狼はただの人と同じである。
「じゃ、じゃあかぼちゃのお化けっ」
「おかずからかぼちゃのレパートリーを外すね。もちろん響の大好きなかぼちゃの煮付けや天ぷらも」
「なんでっ!?」
「共食いになっちゃうじゃない」
「じゃあ蝙蝠っ!」
「単位が取れなくて留年しちゃうよ?」
「だったらっ! だったら…………」
 十月下旬の期間が限定されたお化けやモンスターは、世間が周知しているモンスターしか雑誌には載っていない。
 本場の国に行けば多くのモンスターや本来の意味を成した仮装も紹介されているのかもしれないが、日本ではお祭りイベントの一つが関の山だ。
 まして、ホラーや幽霊が苦手な響が有名な映画やドラマ以上に多くのモンスターを知っているわけもなく。
 身体を起こして真剣に考えても、未来が頭を捻るような例えは響には浮かばない。
「もうおしまい?」
「普通のおばけっ!!」
 やけぐそ気味に響は叫んだ。
「半透明でふよふよ宙を浮いてる感じの! 普通のお化けだったらどうする!?」
 万策尽きた例えは抽象的なのか具体的なのか、おばけ以上に掴みどころがない。
 ただ日本のおどろおどろしたお化けではなく。
 雑誌に載っている白いシーツを被ったような、目と口が黒いおばけを言いたいのだと未来は理解した。
「おばけはちょっと困っちゃうかな」
「え? そうなの?」
 それまで、さらさら流されていたせいだろう。
 聞いた響は意外そうに聞き返した。
「だって、響がおばけだったら」
 微笑んで、響の頬に未来は触れる。
「こんな風に触れられなくなっちゃうもの」
 響の頬が夕焼け色に一瞬で染まった。
 こくんと喉が上下する。
「ね、響」
「な、なに……?」
「口を開けて」
「……え?」
「いいから、開けて」
 唇を親指の腹でなぞって、未来は促す。
 薄く唇が開いた。
 その隙間に、もう片方の手で隠していた粒をそっと押し込む。
「ん、な、に……」
 固く丸い形状が響の口腔で転がった。
 舌で触れると、じわりとした甘い味が広がる。
「……飴?」
「うん。悪戯防止の飴」
 にこりと笑む未来に、響の眉根が寄った。
「未来、気づいてたんだ」
「響は解りやすいもの」
「むぅ……」
 悔しそうに響が渋い顔をした。
 それでも、口の中では飴がころころと転がって、甘い味は広がり続けている。
 そんな響に未来は聞く。
「trick or treat」
「……へ?」
「響だけはずるいもの。だから今度は私の番」
 言って、未来は繰り返す。
「trick or treat」
「え、あ、待って」
 服の表面やポケットを響は探る。
 しかし、先手を取っていた未来とは違い響はお菓子を何も持っていなかった。
「キッチンから持ってくるっ」
「だーめ」
 立ち上がろうとする響の腕を引っ張って、未来は制する。
「今、お菓子をださないきゃ。響の負けだよ?」
「え、まってっ」
「待たないよ。 お菓子がなかったら悪戯するよ?」
 勝ちを確信をする未来に響は脳をフル回転させた。
 武器を持たない響の手がわたわたと困り果てる。
 消耗する響に口の中の甘い飴が響を後押した。
 ピンと知恵が落ちる。
「未来」
「なぁに?」
 腕を掴んだままだった未来を逆に響は引き寄せた。
 ぐらりと傾いた隙を突いて唇を重ねる。
「ひ……んっ」
 響の舌が固く丸い形状を未来の口の中に押し込む。
 一回り小さくなった飴がころりと移動した。
 唇を離した響がしたり顔で言う。
「お菓子、渡したよ」
「……ばか」
 してやられた未来は口元を押さえた。
 甘い飴は舌の上で転がれば転がるほど甘味が増す。
「これじゃあ Trick so Treat じゃない……」
「あれ? ハロウィンって trick or treat じゃなかった?」
「……知らない」
 定番の文句を呟きながら目を瞬かせる響から未来は顔を背ける。
 悔し紛れに歯を立てても飴は割れない。
 溶けるにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

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