終と始

by 瑞穂

9 1月
2016

 乾いた風は上空の雲を流したのか、空は澄んでいた。
 鼻の奥がつんと痛くなる空気は乾いており、暗い空は吸い込まれそうに天は高い。
 息を吐くと白い煙のようにもうもうと昇っていき、やがて霧散した。
 瞳を凝らすと小さな光が輝いている。
 一つ、二つ、三つ。
 暗闇に瞳が慣れると幾つも気づく光は数え切れないほどに多く、力強い。
 昼間の雨が嘘のように鮮やかだ。
 瞬きに見惚れながら歩くと、疎らだった人が徐々に増えてくる。
 前を歩く人の頭上越しに目を凝らすと屋台の灯りもちらほら見えてきた。
 人々の足の向きが同じなのは、行き先が同じなのだろう。
 遠くから、鐘の音が聞こえた。
 鈍く、深く、余韻が残る音は、今年最後の鐘の音だ。
 百八の音が響くと今年が終わり、ほどなくして新年が始まる。
 氏神を奉ってる神社に着く頃は新しい年を迎えているだろう。
「あー、雪は降らなかったなー」
 空を仰ぎながら、響が言った。
 溜息が空にもうもうと昇っていく。
「雪、降ってほしかったの?」
 口元まで引き上げていたマフラーをずらして未来は聞いた。
「うん。雪の日にお願いごとすると叶うって聞いたから待ってたんだけど、結局降らなかった」
「そうなの? 聞いたことがないけど」
「あれ? 未来もその場にいたよね?」
「いつの話?」
「クリスマス。みんなでパーティーしてた時にマリアさんが調ちゃんや切歌ちゃんに言ってたよ」
 言われて未来はクリスマスを振り返る。
 クリスマスに皆でパーティーをしていた時、調や切歌にサンタクロースの話をマリアはしていた。
 枕元に靴下を置いておくとプレゼントが貰える、と。
 調と切歌は喜んで履いている靴下を脱ごうとして、クリスが新品に限ると釘を刺していた。
 そして、プレゼントは前もってマリアが用意していたのも、それとなく二人から欲しい物を聞き出していた未来は知っている。
「あの時、そんな話をしてた?」
「してたよー。ホワイトクリスマスに願い事をすると叶うってマリアさんが言ってたから。切歌ちゃんとわくわくしてしてたもん」
「……それ、クリスマス限定じゃない?」
「ほぇ?」
「響、今自分で言ったよね? ホワイトクリスマスに、って」
「……あれ?」
「それに雪が降っている日にしたお願いが叶うなら、雪国の人達はいつでもどんな願いごとも叶っちゃうよ」
「……………そうですね」
 雪の日と願い事だけが記憶にこびりついたのか、それとも記憶が零れて残ったのが雪と願いごとなのか。
 残雪で滑降した残し方をした響を未来は心配する。
「響」
「はい?」
「頭、大丈夫?」
「真顔で心配しないでくれる!? わたしが悪いんだけど!」
「お願いだからそれ以上、おばかにならないでね」
「ならないから! とりあえず真顔はやめてくれないかな!?」
 悲しくなってきた響の懇願を溜息で流しながら、未来は言う。
「足下、気をつけてね」
「へ?」
「滑るから」
「ちょっ」
 雪こそ降っていないものの、神社の付近は石畳が敷かれており、濡れると滑りやすい。
 歩道はほぼ乾いてるが、日当たりの悪い場所にはまだ残滓がある。
「だいじょーぶだって! 転んだりしな……うぉっ」
 言うなり、響の体が後ろに傾いた。
「響っ!?」
「っとっとっと」
 足が蹈鞴を踏んでくるりと響が後ろに回転する。
「とぅ!」
 そのまま両腕を地面について、響はバク転した。
 両足で着地を決めた響の両腕は真横に水平に、足は爪先を揃えて正面に。
 綺麗に全身で十字を描く響は、まるで体操の着地のお手本のようだった。
 けれど、顔は笑顔ではなく冷や汗が垂れている。
「び、びっくりしたー……」
 ほぅっと両腕を下ろす響に、未来がへたり込む。
「未来?」
「びっくりしたのはこっちの方だよ……」
「ご、ごめん」
「最後の最後までびっくりさせないで」
「うん。ほんとごめんね」
「それ以上、おばかになったらどうしようかと思ったじゃない」
「……そろそろそこからは離れてくれないかな?」
「全部響のせいでしょ。ばか」
「……ごめん」
 頭を掻いて、未来に響は手を差し出す。
「今年もいっぱい心配かけちゃったね」
「……ほんとだよ」
 響の手に手を重ねて、未来は腰を上げた。
 合わせて響が引っ張り上げる。
「あきれた?」
「呆れた」
「……そっか」
 未来の手を離して、響はくしゃりと笑む。
「願いごと、叶わなくなっちゃうかな」
「え?」
「わたしが雪にお願いしたかった願いごとはね。来年もその次の年もずっと、ずーーっと、未来と一緒にいられますようにだったんだ」
 心配かけて、世話をかけて、それでも一緒にいてくれて。
 困らせてるのも、悩ませてるのも解っていても、願わずにはいられない、日々。
「雪も降らなかったし、無理かな?」
 朧気に笑う響の後ろから除夜の鐘が鳴り響く。
 煩悩を払う音色は重く、鈍い。
「……ばか」
 はぁと、未来は溜息をついた。
「響は今からどこに行くのかわかってるの?」
「へ? 神社に初詣でしょ?」
「そうだよ」
 響の手を取って、未来は前を向く。
 引っ張るように歩き始める未来に響は慌てて歩を合わせた。
「雪よりも神社で神様に直接お願いした方が叶うんじゃないの?」
 マフラーを未来は頬までずり上げる。
 後ろ髪から見え隠れする耳は赤い。
「……叶うかな?」
「響一人では叶わなくても二人でお願いすれば叶うわよ」
「……へへ。そっか」
 嬉しそうに、未来の手を響は握り返した。
 手袋で滑りそうになる手を未来は強く握る。
「……離すわけないでしょ」
「うん。守ってくれるんだもんね」
「……それはこっちの台詞」
 守られるだけは嫌だ。
 守れないのは嫌だ。
 守り守って、一緒に歩きたい。
 そう話し合った年は間もなく終わる。
 遠かった除夜の鐘が段々近づいてきた。
 屋台の灯りが増えて、まるで昼間のように明るくなる。
 どこからか、わぁっと歓声が上がった。
 鐘の音色が消えて、拍手が聞こえる。
 年が明けたようだ。
「ね、未来」
「なぁに?」
「神様にお願いしなくても叶っちゃった」
 昨年と新年の瀬戸際は騒々しく終わった。
 一緒に迎えられた新年も、またきっと騒々しく始まった。
 けれど、騒がしく感じられるのも、心配できるのも、それが嬉しく思えるのも。
 一緒にいるからこそ感じられる情。
「今年もよろしくね、未来」
「……宜しくお願いします。響」
 繋いだ手はどこまでも暖かかった。

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