一通の手紙

by 瑞穂

13 11月
2015

 両手に息を未来は吹きかけた。
 まだ冬には至っていないものの、最近はもう夜半近くの気温は一桁台になっている。
 薄手の長袖の上にもう一枚上着を羽織って、未来は小高い丘の上に立っていた。
 寮の裏手にある生い茂った林を抜けた先の丘に外灯はなく、建物もない。
 人工の明かりが一筋もない世界の空は高く、散りばめられた星々は燦々と輝いている。
 空を見上げて、未来は息を吐く。
 息は白く濁らなかった。
 それでもゆらゆらと立ち昇っていく。
 この星空を最後に見上げたのは何時だっただろう。
 輝く星々の真ん中に浮かぶ月を未来は見つめた。
 欠けた月は真円を描けられなくなっている。
 しかし、月は消える事もなく、落ちる事もなく。
 毎日昇り、毎日降りる。
 たった三人の装者が救った世界は月が欠けた以外は何も変わらずに回っていた。
 手首を一周している時計に未来は目を落とす。
 まもなく夜半が訪れる。
 澄んだ空気が一段と静まり返った気がした。
 上着のポケットに手を未来は差し込む。
 かさりと音がした。
 ポケットには一枚の手紙が入っており、摘まんで、未来は取り出す。
 封筒にも入っていない四つ折りにされた手紙はノートを破って書かれていた。
 情緒も雰囲気もない、思い立ったが吉日の手紙を未来は広げる。
 端には象形文字のような落書きがされていた。
 おそらく綴る言葉を探していたのだろう。
 主体の文章と似て異なる単語が並んではぐしゃぐしゃと塗り潰すように消されている。
 その主体の文章もヒエログリフのような文字で書かれていた。
 まるで古代のエジプトから届いたような手紙は、文字の汚さとは裏腹に真剣さが伝わる。
 どんな顔で書いていたのだろう。
 ノートを破って書かれた手紙はきっと授業中の内職によるものだ。
 隣の席に座っているのに、残念ながら書いている時は見ていない。
 窓の硝子にも映っていなかったと思う。
 席は隣で、寮は同じ部屋で、離れている時間の方が短いくらいなのに。
 わざわざ手紙を綴って呼び出したのはどうしてだろうか。
 嫌な予感がしないのは、きっとこの場所のお陰なのだろう。
 二人だけの秘密の場所。
 一緒に流れ星を見た思い出の丘を選んでまで伝えようとしてくれている事が悪い知らせだとは未来は思えなかった。
 腕時計の針が夜半を越える。
 自分で呼び出しても遅刻の癖は治らないらしい。
 両手に息を吹きかけて未来は待つ。
 枝を踏む音がした。
 葉がざわめき、ざりざりと忙しく地面が擦られる。
「み、未来っ! 遅くなっちゃったっ!!」
 走ってきたのか息は上がっていた。
 鼻の頭もやや赤い。
 よくよく見れば、薄手の長袖とジーンズを履いているだけで、上着は羽織っていなかった。
 慌てて走ってきた姿に未来は怒る気にはなれない。
 ただただ苦笑する。
「こんな時間に……よ、呼び出しちゃってごめんね」
「……いいよ」
 首を横に振って未来は向き直った。
 上がった息が整えられて、こくりと息を飲まれる。
 鼻の赤味は頬まで伝染していた。
「あ、あのさ。ず、ずっと未来に伝えたいことがあって。その、ようやく言える気がして、さ」
「……うん」
「わ、わたしねっ。未来のことが――――」
 凛と響いた声が木々を凪ぐ。
 さわさわとざわめかせて、やがて静まり返る。
 月が浮かぶ空に散らばる小さな光が輝きを増す。
 もう星は流れなかった。

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