23 5月
2015

※響も未来もリディアンを卒業して就職している
少しミライのお話。

 

じりじりと夜が迫り始める夕刻。
子供の帰る声が聞こえ、窓から入る夕暮れが室内で人の影を強く落とす。
休日をテレビを観ながら過ごしていた響は、隣で本を読んでいる未来を呼んだ。
「ねー未来」
「なぁに?」
「後ろ向いてくれる?」
本から顔を上げた未来に、視線はテレビを向けたまま響は言った。
「急にどうしたの?」
「いいからいいから」
視線をテレビから外さずに響は掌だけひらひらさせる。
その口元がにやにやしているような、少し緊張しているような。
隠し事をしているようにも見える響に小首を傾げながらも未来は従った。
「こう?」
「うん」
嬉しそうな頷きが聞こえて、その直ぐ後に温もりが未来を抱き締める。
腰に腕が回り、お腹の真ん中で手が組まれた。
項のやや下には、こつりと額が当てられる。
膝の上に手を置いて未来は聞く。
「……何かあったの?」
「なにもないよー」
言って、首を響は横に振った。
「ううん。色々あったなー……と、思って」
過去を見つめるように目を細めて響は続ける。
「リディアンに入学してから、ただの一般人だった私がシンフォギア装者になったり、月の落下を防いだりとかさ」
「……そうだね」
心臓近くに残った奏の忘れ形見は響を装者にした。
同時に響の命を蝕みカウントダウンも数え始めた。
「英雄とか呼ばれたり、未来と離れちゃったり」
「……うん」
望まない英雄扱い、離してはいけなかった掌。
どれもただの一般人でいたのなら味わう事のない苦しみだ。
それを学生時代という人生の中でも限られた時間の中で響は経験して。
共にいた未来もまた様々な想いを交錯させた。
「でも今はこうやってまた未来と一緒にいられるようになって。わたしって幸せだなーと思ってるんだ」
「そっか……」
リディアン音学院から特異災害対策機動部二課に就職した響は今でも人助けを続けている。
危険は常に付き纏うがこれ以上の響の天職はないだろう。
その響の幸せの中には未来も常に存在しており、それを未来は周知している。
もうあの頃のように響が遠い存在だと感じたりはしない。
「でもね。もうちょっとだけ、欲張りたいんだ」
「響がそんな事を言うなんて珍しいね」
「そう?」
「うん」
響とて人間だ。
人並みに物欲や願望はある。
しかし、どれも一般的な範囲内で、欲張りとは程遠い。
「ね、未来」
声のトーンが変わった。
お腹に回っている手が未来を引き寄せる。
「立花未来、になってくれませんか?」
耳を震わせた響く声を未来は疑った。
空耳だろうか。
それとも心の底にある願望が幻聴でも聞かせたのだろうか。
しかし、聞こえたのは響の声だった。
間違える筈がない好きな声だ。
震える声で未来は聞く。
「ひ、びき、それって……」
「うん。プロポーズ」
あっけらかんとした明るい返事だった。
本気なのか疑いたくなるくらいに。
「これでも考えたんだよ。未来が大学に進学してからさ」
未来の疑問にあっけらかんとした声が続ける。
「そんなに前から?」
「だってさ。飲み会とかの帰りで未来を迎えに行くと男の子いるじゃない?」
「……共学だったから」
「うん。しょーがないよね」
未来の学部は男女比率では男子の方が多い。
合コンは断っているが、友人の付き合いで断り切れない時は未来も顔を出している。
「リディアンは女子校だったから考えたことがなかったけど。同じくらいの年齢の男の子みててね。本当にわたしでいいのかなーって」
「……響は、私に他の人を好きになって欲しかったの?」
「そうじゃなくて」
否定して、響は傾げる。
「あ、そうなっても仕方がないかなと思ってたかな」
「本気でそんな事を考えてた?」
「本気だったよ」
怒りなのか憤りなのか。
否定に否定を重ねる響に未来の声が掠れる。
体も小刻みに震えていた。
「未来、怒ってる?」
「当然じゃないっ!」
「だよね」
怒られるのは予測していたのだろう。
響に動揺は見られない。
「未来は怒るけど。就職して男の人と接したり、結婚や婚約の話を聞いたりしててね。未来はわたしで幸せになれるのかなって本気で考えたんだ」
女子校という護られた小さな世界を卒業して足を踏み入れた大人の世界は広くて。
自身のちっぽけさを感じずにはいられない壮大さだった。
「このまま手を繋いでいていいのかなって思ったんだ」
「……いい加減にしてよ」
お腹に回る手を振り解いて、未来は振り返る。
響を睨みつける瞳は怒っていた。
「私の幸せを勝手に決めないでっ」
叫んだ唇が戦慄く。
「たとえ響でも私の幸せを決める権利なんてないっ!私の幸せは私が決めるわっ!!」
「そうだよね」
眉をハの字に曲げて肩を響は竦める。
「わたしと未来は別々の人間だし、未来の幸せは未来が決めるよね」
「……そうよ」
「そう考えた時にね。わたしもわたしの幸せを望んでいいのかなと思ったんだ」
言って、拳を握る未来の手を響は取った。
両手で握って、柔らかく解く。
掌には爪の痕があった。
その掌を撫でて、温もりを伝えるように指を絡める。
「やっぱり未来の手は暖かいね」
「……怒ってるもの」
「それでいつもより暖かいんだ」
皮肉に苦笑して、強く、響は手を繋ぐ。
「リディアンにいた頃……ううん。卒業したばかりの頃なら、未来のためだと言って、親友にわたしも戻れたかもしれない」
「……私はそんなの一度も望んでない」
「知ってる」
傍にいた響がそれは一番痛感している。
フロンティア事変でぶつかって以来、未来は遠慮をしなくなった。
響を支えるだけでなく、響の背中を追いかけるようになって、追いついて来た。
そして今も響の隣にいるために走り続けている。
「わたしもね、今は望んでいないよ」
言って、へらりと響は笑う。
「たとえ未来が嫌だと言っても、もう離せない。わたしが離す気がないんだ」
幼い頃から繋いで、一度離れても繋ぎ直して、今日まで繋いだままの手は愛しくて。
いつまでも、これからも繋いでいたい温もりを秘めている。
「どうせ離せないなら真っ直ぐ突っ走っちゃおうかなーなんて考えちゃったりね」
響の手が未来を強く引いた。
不意を突かれた未来の腰が浮いて、響が抱き止める。
「わたしの幸せのために、未来にずっと傍にいて欲しいなって。勝手なことまで思ったんだけど、どう思う?」
「……どうって」
その問いにどう応えれば良いのだろう。
未来が自分の幸せを自分で決めるように、響には響の幸せを決める権利がある。
未来とてその幸せを邪魔する権利はない。
「わたしは未来が傍にいてくれたら幸せなんだ。それでもしも未来の幸せがわたしと一緒にいることなら、さ」
背の腕を強くして、懐くように未来の肩口に額を当てて。
響は息を吸う。
響の顔が上がった。
笑顔はなく、真っ直ぐな迷いのない瞳が未来を見つめる。
「どうか立花未来になってくれませんか?」
未来の顔がくしゃりと歪んだ。
溢れそうになる涙が瞳を濡らす。
「……ばか」
返された言葉には愛しさが溢れていて。
耳元で囁かれた返事は優しく、陽だまりのように暖かくて。
響に笑顔の花を咲かせた。

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