by 瑞穂

15 6月
2014

ミッドの夜をテールランプが流れる。
二車線道路を走る車の右側は早く、左側は遅く。
ハイテク技術のお陰でエンジン音が夜の静寂を壊す事はない。
ただ残滓を残す赤いランプだけが絶え間なく続く。
その中で左側を走る黒い一台の車は、他の車よりも安全運転だった。
スピードメーターは制限速度きっちり。
超えるような速度は出さない。
後続車は、車線変更をして追い抜いていく。
その車の後部座席に乗っている金髪の少女は、運転席と助手席の間からひょっこり顔を覗かせた。
「ねぇ、はやてさーん」
「あかんて」
運転手の名を呼びながら話し掛けるが、その返事はそっけない。
「運転中は危ないから大人しくしとき」
「でも、後部座席だとお話しづらいよ」
バックミラー越しに訴えてもはやては動じない。
「顔を出さんでも聞こえとる。ええから顔を引っ込ませぃ」
「……はーい」
淡々と事実だけを積み重ねられて、出張った顔が渋々と引っ込む。
後部座席に深く座り、長い足を退屈そうにぶらぶらと揺らす。
「ねぇ、どうして助手席は駄目なの?」
「万が一のためや」
「はやてさん、超安全運転なのに?」
「安全運転は当たり前やろ。ヴィヴィオにかすり傷一つでもつけてみ? 死神と悪魔の最強タッグとのお話で私が先にお陀仏になるわ」
「ちぇー」
ぶらぶら、ぶらぶら。
不満が足を揺らし続ける。
「なのはママはそんな事ないと思うけどなー」
「確かに私に100%非がなかったら、なのはちゃんはまだ言い訳を聞いてくれる余地はあるな」
「でしょー」
「その分だけフェイトちゃんがあらへんけどな」
「……えーとー」
白い悪魔やら管理局の最終兵器やらの物騒な異名を持っていても、相手の言い分を聞く余裕ぐらいは、なのははもっている。
けれど、そのなのはの余裕を奪うかのように、子煩悩やら子育てのプロやらの異名を持つフェイトには余地がない。
問答無用の金色の鎌の一振りが待っている。
「大体、なのはちゃんかて100%私に非が無かったらという前提つきやで。そんな危ない橋渡りとうないわ」
「ぶぅー」
膨れてもはやての危機回避は至極尤もで。
管理局に勤めている者なら誰でも同じ選択をするだろう。
両親の性を知っているヴィヴィオとしてもこれ以上の我が儘は言える筈もなく。
大人しく後部座席に腰を居座らせる。
しかし、それも束の間で。
「あ、そうだ」
揺れていた足が軽やかに車の地を蹴った。
「はやてさん、明日なんだけど」
「だから顔を出さんでも聞こえとるって言うてるやろっ」
先刻よりも勢いよく運転席と助手席からひょっこり出てきた顔の額を、その勢いを利用して平手ではやては待ち構える。
ぺちりと小気味の良い音が立った。
「もう直ぐ家に着くから大人しくしとき」
「……はーい」
額を押さえた膨れっ面が引き上げる。
「あ、ねぇねぇ」
と、見せかけて戻って来た。
「そういえ………」
「だーーーーっ!!」
三度出現した顔に叫んで、車を路側帯にはやては停止させた。
素早くシートベルトを外し、運転席のシート越しに覗いている顔の後頭部に手を回す。
「は、はやてさんっ。ご、ごめ――――っ」
怒られると思ったヴィヴィオが肩を竦める。
目を強く瞑って構えると、飛んできたのは怒声ではなく。
柔らかい感触と、数秒の沈黙。
唇に触れた体温に目を見開けば、追い越して行った車のテールランプが目に映った。
「は、はやて、さん……?」
「家で続きをして欲しかったら、少しは言う事きき」
「……うん」
こくりと頷くヴィヴィオの頭を優しく撫でて、はやては向き直る。
シートベルトを締め、ブレーキをはやては解除した。
車がゆっくりと動き、テールランプの波に乗る。
ヴィヴィオの足はもう揺れなかった。



ガレージに到着した車がバックで駐車する。
手際は慣れていて、一回で白線の中に収まった。
ブレーキを掛けて、エンジンをはやては切る。
「ほい。到着」
「ねぇ、はやてさん」
「んー?」
「もう顔を出してもいい?」
言いつけを守っていたヴィヴィオがはやてに聞いた。
「あー、ええで。ってか、ヴィヴィオは降りへんの?」
「……降りるけど」
何かを言いた気なヴィヴィオにはやてが、運転席と助手席の間から顔を覗かせる。
「どないしたん?」
「……家に着いたよ?」
「家やない。ここはガレージや」
「敷地的には家の敷地でしょ?」
「口ばっか達者になるなぁ」
幼い頃の素直さはどこに消えたのか。
今ではあげ足を取るように、ああ言えばこう返ってくる。
「良い先生が目の前にいるもん」
「そないな事を教えた覚えあらへんよ」
「じゃあ、どんな事を教えてくれるの?」
「さぁ。なんやろね」
暗に語る瞳に、はやては口元を歪める。
誇ったような、したり顔のような笑みはヴィヴィオに先を促していた。
暗に語ってくるのなら、暗に返すまで。
そう暗黙ではやては伝える。
「……狸」
「失敬な」
「尻尾はどこに隠してるの?」
「最初からあらへんわ」
「私は騙されてる?」
「騙されとると思うとるんか?」
「……思ってない」
「ならええやん」
腹を探るような明後日の会話はじわじわと確信に近づいてる。
こんな駆け引きのような会話をヴィヴィオをするとは、はやては思っていなかった。
本当に、大人になったもんだと思う。
「あーもぅ。こういうの苦手っ」
「結構、様になっとるで」
「はやてさんの真似をしただけだもん」
「そらどーも」
音を上げるのが早いのは、母親から受け継いだ性格か若さ故か。
降参するヴィヴィオに、くつくつとはやて笑う。
「それで、はやてさん」
「何や」
「続き」
「せやからまだ家やない言うてるやろ。それともヴィヴィオはここで寝るんか?」
「はやてさんが一緒ならいいよ」
「狭いやないか」
「いいじゃん。その分、引っ付いていれば」
「若いな」
「はやてさんよりはね」
どう足掻いても年の差は縮まらない。
まして、親友の娘という肩書き付きだ。
それなのに、どうしてこんなにも惹かれるのか。
「ちゃんと言いつけ守ったよ」
「せやな」
「言いつけを守った良い子にご褒美は当然だよね?」
「ご褒美をせがむ子は良い子とは言えへんとちゃうんか?」
「良い子だけだと、はやてさんに追いつけないもん」
「どういう意味やねん」
「自分の胸に聞いて」
言って、ヴィヴィオは笑う。
屈託無い明るい笑顔なのに、紅と翠の瞳だけは爛々と輝いている。
「ねぇ、はやてさん」
「んー」
「ご褒美」
ねだる瞳に妖美の焔が宿った。
はやてを狸と称するのなら、目の前にいるのはさしずめ小悪魔だ。
じわじわと抗えなくなっていく。
「……しゃーないな」
誘いに乗った振りをして、ヴィヴィオにはやては顔を近づける。
果たして騙されているのはどちらなのだろうか。
そんな疑問を脳裏に過ぎらせながら、はやては瞳を閉じた。

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